岸本佐知子(きしもと・さちこ)
1960年神奈川県生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。主な訳書にミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』(新潮社)、ニコルソン・ベイカー『中二階』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(以上白水Uブックス)、ショーン・タン『夏のルール』(河出書房新社)。編訳書に『変愛小説集』『変愛小説集Ⅱ』(講談社)、『居心地の悪い部屋』(角川書店)。編書に『変愛小説集 日本作家編』(講談社)がある。『ねにもつタイプ』(ちくま文庫)で2007年講談社エッセイ賞を受賞している。
『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』ジュディ・バドニッツ 岸本佐知子訳(文藝春秋 2015年2月7日発売)
奇妙で不気味、美しいのにどこかユーモラス
〈黒バドニッツ〉がスパークする傑作短編集
現実を縦横無尽に侵食する奔放な想像力、そして絢爛たる色彩世界にひびく黒い笑い。
現代アメリカのダークな肖像を痛烈に描出した傑作中編群からスラップスティックな面白さがたまらない短編の数々まで、12作品を収録。
ー新刊『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』拝読させていただきました。帯に書かれているように、まさに「奇妙で不気味 美しいのにどこかユーモラス」でした。まずはタイトルについて質問させてください。
『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』の原題は『Nice Big American Baby』ですが、ジュディ・バドニッツの処女短編集である『空中スキップ』(マガジンハウス 2007年)の岸本さんによる訳者あとがきでは、『大きくて健やかなアメリカの赤ん坊』と紹介されています。今回、『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』に訳し直した背景を教えていただけますでしょうか。
タイトルは、収録作品「わたしたちの来たところ」の一節からきています。
どうしてもアメリカで赤ん坊を産みたい女の人が、何度も何度も不法入国を試み失敗しながらも、執念で「元気で大きいアメリカの赤ちゃん」と呪文のように繰り返し唱えるセリフです。おそらく彼女はのしのし歩きながらこれを言っていたと思ったので、訳をするとき自然と、「Nice・Big・American・Baby」→「元気で・大きい・アメリカの・赤ちゃん」という歩調のリズムのようになりました。
『空中スキップ』のあとがきを書いている段階では、とりあえず仮のタイトルとしてつけていたので、今回、実際に訳してみたらこうなったんです。
ー今作は『空中スキップ』と比べると装丁が対照的ですね。岸本さんはかつてあるイベントで、ご自身の翻訳観について『空っぽの私の中に言葉が入ってきて、共鳴する感じ』と語っておられましたが、今回はどのように共鳴していったのでしょうか。また、『空中スキップ』を訳されたときとの印象の違いを教えてください。
『空中スキップ』ジュディ・バドニッツ 岸本佐知子訳(マガジンハウス 2007年2月発売)
素っ頓狂ながら、ブラックに満ち、どこか現代のやるせない気持ちに通じる世界を描いたジュディ・バドニッツの23の短編。妄想爆発。シュールでブラック。救われない笑いの世界にようこそ。
『空中スキップ』も可愛い内容ではなく、グロかったり変だったりするんですけど、表紙を可愛くして読者を驚かせてやれ、という気持ちが多少ありました(笑)。実際、表紙に騙されたという人もいましたね。
この二冊の違いというと、まず『空中スキップ』は、作者が26歳で書いたということもあって、彼女の頭の中に沸いてきた色々な奇想をとにかく勢いで形にした作品という印象です。おもちゃ箱をひっくり返したような面白さというか。それから8年経って書いた『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』は、同じように奇想なんですが、一作一作が長くなり、より深くなったと感じます。
それは、年齢的なこともありつつ、やはり作家自身が母親になったということが大きいのかもしれません。奇想天外なことを書いているんですけど、結局揺さぶられるのはすごく身近でリアルな感情なんです。
たとえば、「来訪者」という作品では、娘の暮らすアパートに車で向かう年老いた両親が何度も何度も電話をしてくるんですが、一向に辿り着かない。お母さんののんびりした口調とはうらはらに、完全に危機的状況に陥っている。これなんて、ある程度の年齢を超えると親子の関係が逆転するという、年老いた親を持つ人なら誰もが感じる普遍的な感情だと思います。
ー共感できる人は多いと思いますね。
あとは、白人夫婦の間に真っ黒な赤ん坊が生まれる「奇跡」。私はこれを読んで『美女と野獣』を思い出しました。心の綺麗な美しいお姫様が野獣に嫁がされる。野獣は心も体も捻くれて醜いんですが、しだいにお姫様と本当に愛し合うようになり、最後には悪い魔女の魔法が解けて、ハンサムな王子様に生まれ変わって万々歳パチパチという。
私はずっとこの物語に釈然としませんでした。だって、お姫様はありのままの野獣を愛していたはずなのに、どうして姿が変わって喜ぶんだろうと。そこにはやはり差別の感情が入っているんじゃないかと思ったんです。「奇跡」でも似たようなことが起こるんですが、その時の母親のリアクションはお姫様とはぜんぜんちがう。詳しくは読んでのお楽しみですが、子供を愛するということの不思議さや怖ろしさを現代のおとぎ話のスタイルで浮き彫りにした、すばらしい作品だと思います。
ーまさにブックショートの公募テーマ「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」と同じコンセプトだと思いました!
収録作品「象と少年」は、ある貴婦人が文化の異なる貧しい国で暮らす象使いの少年に、自分の価値観を押し付けていくというストーリーです。自らを絶対的に正しいと信じ、無反省な行動を続ける貴婦人は滑稽ですらありました。
ただ、あとがきで岸本さんは、彼女のような人物を“物語のこちら側にいる私たちの誰も笑うことができない。”と書かれています。このお考えについて詳しくお伺いできますでしょうか。
「象と少年」の貴婦人は、善をなそうとはしているんですけど、その根本にあるのは、施しをする相手は自分と同じ“人間”でないという感覚です。自分を一段高い位置に置いて、異質な存在を人間よりもモノに近いものとして扱う、そういうメンタリティが根底にあるのです。
そういう話はこの本のなかにたくさん出てきます。「水の中」という物語では、それまで白人の子供達しか泳いでいなかったプールに黒人の子供達が入ってきたために、白人の子供たちは一緒に泳げなくなってしまう。ちょっと前のアメリカの南部では、本当にそういう感覚だったんだと思います。物語では、ひと夏の楽しみを奪われた白人の少女がある残酷な復讐を決行するのですが、これもやはり、肌の色の違う彼らを自分とは同じ血肉の通った人間だとは考えられない想像力の欠如のなせるわざです。
ーかなり強烈な話でした。
もっと強烈なのは「ナディア」です。“わたしたち”という一人称複数の視点で語られる、ちょっと変わった物語です。遠い戦乱の国からきたナディアという名前の女性に、アメリカ人である“わたしたち”は、親切顔でいろいろな無理を押しつけ、結果的にさらに不幸にしてしまう。ここでもやはり、立場の劣勢な他者に対する想像力の欠如が浮き彫りにされています。語り手の一人が、通販で買ったお皿のクッション代わりに使われていたポップコーンについて、「これだけあったらナディアの家族が一週間くらい食べられたかもしれない」、と捨てるのをためらうシーンなどは象徴的です。ナディアは彼女たちにとって人間よりは動物、もっと言えばモノに近い存在なのです、もちろん無意識的にですけれど。だから結果としてナディアのような人を、自分たちの善意や罪悪感や嫉妬を押し付ける、言葉は悪いけれど、ある種排泄場所として見てしまう。市民の義務として寄付やボランティアをすることはしても、どこか遠いところで戦争が起こっていても、テレビのCMと同等のリアリティしか感じることができない。痛みを感じられないのです。
ー他人事として見ていますよね。
他人事といえば、「象と少年」の貴婦人にしても、「ナディア」の“わたしたち”にしても、「水の中」の女の子にしても、日本人からみればひどく愚かで非常識な人々に見えるかもしれません。自分たちはこんなことはしない、と。でもそれは、まだ日本にとって移民や人種の問題がそれほど切実でないからというだけだと思うんですよ。たとえばイスラム過激派のことだって、どこかやっぱり他所の世界の話、絵空事としてしか認識できていない。自分と同じ人間が、同じように喜怒哀楽があって、同じように血を流すということがピンときていない。そういう意味では、「ナディア」の“わたしたち”は鏡に映った私たちの姿だと思うんです。
ー話題が変わりますが、私たちショートショート フィルムフェスティバルは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説を募る賞を今年度から始めました。岸本さんが翻訳をされている作家 ミランダ・ジュライは、映画監督としても知られていますが、岸本さんはどんな映画を観られるのでしょうか。
出不精なので、それほど数を観ているわけではないですけれども、映画は好きですね。昨年観た中で面白かったのは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』と『LEGO ムービー』です。
私は、はじめから異世界が舞台になっている話か、今いる世界が突然ぶっ壊れるような話が好きなんです。後者でいうと、たとえば2005年にリメイクされた『宇宙戦争』なんかがそうですね。ある日突然、得体のしれない宇宙人が空から襲ってきて、まあ地面からも湧いてくるんですが、とにかく一瞬で世界が何もかもが無茶苦茶になってしまう。特に素晴らしいのが冒頭の20分間で、いきなりドカンドカンと何かが降ってきて、人々は何が起こっているのか全くわからず、なすすべもなく右往左往する。主演のトム・クルーズは大スターなのに、その右往左往演技がじつに見事で、それまで彼のことそんなに好きじゃなかったんだけど、大幅に見直しましたね(笑)。
ー見直しましたか(笑)。
『宇宙戦争』では、それでもかろうじて人間が勝つんですよ。勝つというか、まあある種の不戦勝です。そこもこの映画の好きなところで、それまでのハリウッド映画って、宇宙人が襲ってきても、結局アメリカの軍隊が出て行って人類の危機を救う展開が多かったと思うんです、『インディペンデンス・デイ』とかね(笑)。でも、9.11以降と言っていいのか、『宇宙戦争』では軍が本当に無力なんですね。一生懸命宇宙人と戦うんですけど、相手が強すぎて何をやっても駄目で、人々はただもう食物としてごっそりと攫われていくだけ。最後の勝利にも軍隊は何の貢献もしていない。そこがすごくよかったですね。
ーなるほど。
あと『クローバーフィールド』。ずっと手ぶれ映像で、誰かが撮った動画が後になって発見されたという設定です。ニューヨークのマンハッタンでお洒落にホームパーティーをしていると、海から何かが上がってきて、街じゅうがめちゃくちゃになっちゃう。ここでもやっぱり人々はなすすべもなく右往左往するうえに、最後までその「何か」が何なのかよくわからないんですよ。
『クローバーフィールド』でもやっぱり、結局人類は勝たないんですよ、たぶん。どうなったのかわからない、滅びているかもしれないというところから語り起こしています。
ーすごく面白そうですね。
私のオールタイムベスト5を挙げるなら、『ブレードランナー』、『ブルース・ブラザーズ』、『ジョーズ』、『シャイニング』、そして初代『ゴジラ』ですね。
『ブルース・ブラザーズ』だけはコメディですけれども、あとはどれも私の好きな、はじめから異世界設定の話か、今いる世界がぶっ壊れるような話です。
『ゴジラ』はたくさんシリーズがありますが、私の中では初代の『ゴジラ』が不動の一位です。初代のゴジラは、最初のうちは何だかわからないものとして出てくるんですよ。鳴き声と足音だけ。なかなか全身像が映らなくて、出現シーンもだいたい夜。暗いなかで、なんだかものすごく巨大なものが暴れまわっているという恐ろしさがある。あとで詳しい人に聞いたら、当時は特撮の技術がなくて、明るいとボロが出るので、それで夜のシーンが多いということだったらしいんですけれども、本当に怖いものって正体がわからないじゃないですか。
ーたしかにそうですね。
私がどうしてそういう現実がいきなり壊れてしまったり、わけのわからないものが襲ってきて人々がなすすべもなく右往左往する話が好きかなのかと考えたら、私にしてみればそれが現実だからんですね。つまり、普通に生きている現実世界が、私にとっては何が何だか訳も分からず右往左往しているというイメージなんです。たぶん私は現実があまり得意ではなくて、だからそういう映画を観るとむしろすごく癒されるんだと思います。
ー会社員時代のエピソードはエッセイで拝読しましたけど、いつから現実が苦手なんですか?
生まれてからずっとです(笑)。会社員時代もそうですけど、人生最大の絶望は幼稚園に入った時でしたから。
幼稚園って、自分が世界の王様で楽しく生きていた状態からいきなり人間世界に放り込まれて、社会というところに立たされる場所ですよね。でも私以外のみんなは、ほんの4歳くらいなのに、空気を読むとか、自分の立ち位置を心得るとか、相手の心を読むとか、そういう心理的な駆け引きみたいなことが自然にできているんですよ。
ーたしかにそうかもしれません。
たぶん人間には、例えば息をするとか、言葉を喋るとか、立って歩くとかと同じレベルで、社会的なDNAというものがあると思うんです。自分にはその社会的DNAが欠けているのかもしれないと最初に自覚したのが幼稚園の時でした。しかも人間をやっている限りこの辛さが続くんだろうな、とわかってしまった時のすごい絶望感を、未だに引きずっている気がします。だから、たとえば運動が苦手な子供が、運動会の前日に学校燃えちゃえばいいのにと思うように、私はどこかで、世界が終わればいいのに、とか、終わらなくても、ものすごく強大なものが降りてきて今のこのシステムがぐちゃぐちゃになればいいのにな、そしたらみんな横並びだ、と願っているのかもしれません。ひどいですね(笑)
ーすごく面白いお話です(笑)。
さて、映画に続いては、翻訳小説で岸本さんおすすめの作品を教えて下さい
ショートショートだから短めの作品がいいかなと思って、まず選んだのは、「謎」(ウォルター・デ・ラ・メア著 /柴田元幸編訳『昨日のように遠い日』文藝春秋 2009年 他に収録)という短編です。
両親が亡くなり孤児になってしまった7人兄弟が、大きな屋敷に召使いと二人で住んでいるお祖母さんに引き取られることになります。彼女は孫たちを歓迎して、ここでは好きなこと何でもしていいんだよ、だけれども、あの部屋にある箱だけは開けちゃいけないよ、と言うんです。だけど、一人の子がお屋敷を探検しているときに、ついその綺麗な大きい衣装箱のような箱を開けてしまって、ちょっと中に入っちゃうんですよ。そしてそれきり出てこない。そうして一人減り、二人減り、どんどん減っていってついに誰もいなくなってしまう。お祖母さんは一人いなくなるたびに、他の孫たちにあの箱にだけには近づいちゃいけないよ、と言うんですが、お祖母さんがどういうつもりなのかも、どうしてその箱を置いておくのかも、その箱がなんなのかもわからない、本当に何もかもが謎なんですよ。ちょっとおとぎ話っぽいですよね。キョトン度最大級みたいな。これ、結構有名な作品です。
ーさきほどのお勧めの映画と通じるものがありますね。
もう一つは、「黄色い壁紙」(シャーロット・パーキンズ・ギルマン著 1892年)という作品。西崎憲さんの訳で、『淑やかな悪夢』(東京創元社 2000年)というアンソロジーで読むことができます。100年以上前のアメリカのお話で、子供を産んだばかりの若奥様が、ちょっと心身を休める必要があるということで、大きなお屋敷に夫と赤ん坊と引っ越すんですね。そこで彼女に充てがわれた部屋には、すごく悪趣味で嫌な感じの黄色い壁紙が貼ってある。嫌だな、嫌だなと思っていると、その黄色い網目模様みたいな壁紙の向こうに、だんだん女の人たちがいるのが見えてくるんですよ。出してくれ、出してくれ、って。夫に訴えても、そんなの気のせいだよって相手にしてくれない。夫は一見優しそうなんだけども、妻の言うことをちゃんと聞いていないんですね。それで彼女は、誰にもわかってもらえず、専業主婦だからどこにも行けず、壁紙の向こうでは人がどんどん増えていって、ついに…ぜひ作品を読んでいただきたいので結末は言いませんが、私が今までに読んだ怖い小説ナンバーワンといってもいいくらい、本当に恐ろしい名作です。
ーかなり怖いですね。
ホラーでもあり、フェミニズム的にもとても有名な小説です。程度の差はあれ当時の女の人の多くは、檻の中に閉じ込められて窒息しそうな生活を送っていたんですよね。夫は一見理解があるようだけれども、仕事に出ることも許されない、赤ん坊と二人きり。結局、精神を病むことによってしかその束縛からは逃れられない。今では古典的名作と言われていますが、あまりにも書く時代が早すぎたので、当時はどこの出版社に持っていっても、気味が悪すぎて出版を断られたそうです。
ー読み応えがありそうです。
私が翻訳した小説でいうと『変愛小説集』(講談社 2008年)の作品なら、どれでも映像化して欲しいなと思います。「僕らが天王星に着くころ」という短編は、もし映像化できたらとても美しいんじゃないかと思います。だんだん皮膚が宇宙服に変わっていくという奇病が蔓延する世界の物語。足の方から銀色の宇宙服になっていき、最後にヘルメットのガラスがシャキーンと閉じたら宇宙に飛んでいってしまうんです。そんな奇想天外な設定なんですけど、すごく切ないラブストーリーでもあるんです。
ー僕もこのお話大好きです。
あとは、『変愛小説集 Ⅱ』(講談社 2010年)に「私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ」という作品があります。チアリーダーが絶滅危惧種の動物みたいになかなか見られない存在になってしまい、ツチノコのようにみんなその姿を一目見たくて、ハンターたちが山奥にまで行ってもう何十年も待っている、というお話です(笑)。文体は西部劇のパロディで、すごくバカなお話ですね。これも映像化したらきっと面白いんじゃないかと思います。
ーよくこんな設定思いつきますよね(笑)
じっさいに映像化された作品もあります。『変愛小説集 Ⅱ』に収められているアリソン・スミス「スペシャリスト」という小説で、The Big Empty というタイトルのショートフィルムになっています。女性器の中に猛吹雪が吹き荒れている女の子がいて、とにかく冷たくて冷たくてしょうがなくて、色々なお医者さんに診てもらうけれども駄目。でも、あるとき一人のお医者さんに、あなたの中にはブリザードがあると言われて、そのお医者さんが中に入って探検して戻ってくるんですよ。そのあと探検隊が結成されて、その女の子の中にどんどんどんどん入っていって…というお話。これも奇想天外なんですけど、彼女の寂しさがとても詩的に美しく表現されているんです。
『いちばんここに似合う人』(ミランダ・ジュライ著 新潮社 2010年)のなかの「水泳チーム」というお話も映像化されています。これはインターネットで観られます。(こちらで観られます。)砂漠のど真ん中の田舎町に、孤独に住んでいる若い女子が、ひょんなことから三人の老人たちに水泳を教えることになる。でもその町には海も川もプールすらなくて、彼女の水泳のレッスンというのは、老人たちが部屋の中で床に這いつくばって洗面器に顔をつけて、というものなんです。口で説明するとなんだかバカみたいですけど(笑)、ものすごく切なくていい作品なんですよ。ショートフィルムでは老人たちがいい味を出しています。
ー後ほど観てみます!続いては、岸本さんが選考委員をお務めになる日本翻訳大賞についても教えていただけますでしょうか。Webサイトには、“1月1日~12月末までの1年間に発表された翻訳作品中、最も賞讃したいものに贈る賞。一般読者の支援を受けて運営し、選考にも読者の参加を仰ぐ。第1回の選考委員は金原瑞人・岸本佐知子・柴田元幸・西崎憲・松永美穂の各氏。”とあります。クラウドファンディングで300万円以上を集め話題になりましたね。
翻訳家の西崎憲さんのtwitterでのつぶやきが始まりでした。それに賛同者が集まって、実現にこぎつけました。クラウドファンディングは当初、2ヶ月くらいで70万円くらい集まるといいいね、と話していたら、ほんの数日で目標額に達してしまい、特典として用意していた柴田元幸さんの生原稿が足りなくなりそうになって、やむなく終了しました。勢いで始めたようなところがあるので、細かいところは試行錯誤しながら進めていますが、とても有意義な賞だと思っています。
翻訳書は何を読んだらいいのかわからない、敷居が高い、と感じている読者の方に、翻訳書ってこんなに面白いんだよ、ということを広めたい気持ちが一つにはあります。2月5日に締め切りになった一般推薦にはじつにたくさんの方が推薦文を寄せてくださって、これは日本翻訳大賞のWebサイトでも読むことができます。これが本当に読みごたえがあって、上質のブックガイドになっているんですね。私みたいに翻訳の仕事をしている人間でも、へえこんな面白そうな本があったんだ、という作品がいっぱいです。サイトを見て、読みたい本が増えたとおっしゃっている方もけっこういて、既に目的の一つを達成しつつありますね。
今後は、一般推薦の投票数上位10冊に、審査員推薦の5冊を加えて、そこから二次審査を経て大賞を決めます。これまでも翻訳の賞はいろいろと立派なものがあるのですが、もうちょっと身近でカジュアルな、インディーズっぽい賞があってもいいんじゃない、というスタンスです。
ー最後に、作家や翻訳家を目指している方にメッセージいただけましたら幸いです。
本当に書くのが好きだとか、翻訳が好きだとか、興味があると思ったら、それだけでもう一つの素質なのだと思います。あとはとにかく続けることですね。小説を書いてみたいと思ったら書いてみる、翻訳をやってみたいと思ったらやってみる。
ただ、これで食べていきたいとか、そういう風に考えると苦しくなってしまう。だから、最初からこれを職業にするということは考えないで、とにかく好きで続けていく。続けていると、機会が巡ってきたりするんですよ。
私、昔、翻訳学校に通っていたころ本当に劣等生で、クラスでビリに近かったんですね。同じクラスには、眩しいような、天才かと思うような上手い人が大勢いました。プロになった方もいらっしゃるんですけど、中にはもう辞めてしまった人もいます。その人たちよりずっと下手だった私が今こうしている理由があるとすれば、ただ辞めなかったという、それだけのことです。だからとにかく、続けてほしいです。
ーありがとうございました!
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*インタビューリスト*
馳星周さん(2019.1.31)
本谷有希子さん(2018.9.27)
上野歩さん(2018.5.31)
住野よるさん(2018.3.9)
小山田浩子さん(2018.3.2)
磯﨑憲一郎さん(2017.11.15)
藤野可織さん(2017.11.14)
はあちゅうさん(2017.9.22)
鴻上尚史さん(2017.8.31)
古川真人さん(2017.8.23)
小林エリカさん(2017.6.29)
海猫沢めろんさん(2017.6.26)
折原みとさん(2017.4.14)
大前粟生さん(2017.3.25)
川上弘美さん(2017.3.15)
松浦寿輝さん(2017.3.3)
恩田陸さん(2017.2.27)
小川洋子さん(2017.1.21)
犬童一心さん(2016.12.19)
米澤穂信さん(2016.11.28)
芳川泰久さん(2016.11.8)
トンミ・キンヌネンさん(2016.10.21)
綿矢りささん(2016.10.6)
吉田修一さん(2016.9.29)
辻原登さん(2016.9.20)
崔実さん(2016.8.9)
松波太郎さん(2016.8.2)
山田詠美さん(2016.6.21)
中村文則さん(2016.6.14)
鹿島田真希さん(2016.6.7)
木下古栗さん(2016.5.16)
島本理生さん(2016.4.20)
平野啓一郎さん(2016.4.19)
滝口悠生さん(2016.3.18)
西加奈子さん(2016.2.10)
白石一文さん(2016.1.18)
重松清さん(2015.12.28)
青木淳悟さん(2015.12.21)
長嶋有さん(2015.12.4)
星野智幸さん(2015.10.28)
朝井リョウさん(2015.10.26)
堀江敏幸さん(2015.10.7)
穂村弘さん(2015.10.2)
青山七恵さん(2015.9.8)
円城塔さん(2015.9.3)
町田康さん(2015.8.24)
いしいしんじさん(2015.8.5)
三浦しをんさん(2015.8.4)
上田岳弘さん(2015.7.22)
角野栄子さん(2015.7.13)
片岡義男さん(2015.6.29)
辻村深月さん(2015.6.17)
小野正嗣さん(2015.6.8)
前田司郎さん(2015.5.27)
山崎ナオコーラさん(2015.5.18)
奥泉光さん(2015.4.22)
古川日出男さん(2015.4.20)
高橋源一郎さん(2015.4.10)
東直子さん(2015.4.7)
いしわたり淳治さん(2015.3.23)
森見登美彦さん(2015.3.14)
西川美和さん(2015.3.4)
最果タヒさん(2015.2.25)
岸本佐知子さん(2015.2.6)
森博嗣さん(2015.1.24)
柴崎友香さん(2015.1.8)
阿刀田高さん(2014.12.25)
池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
有川浩さん(2014.11.5)
川村元気さん(2014.10.29)
梨木香歩さん(2014.10.23)
吉田篤弘さん(2014.10.1)
冲方丁さん(2014.9.22)
今日マチ子さん(2014.9.7)
中島京子さん(2014.8.26)
湊かなえさん(2014.7.18)