片岡義男 (かたおか・よしお)
作家。著書に『スローなブギにしてくれ』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』『映画を書く―日本映画の原風景』『吉永小百合の映画』『一九六〇年、青年と拳銃』『ナポリへの道』『なにを買ったの?文房具。』『洋食屋から歩いて5分』『翻訳問答』『歌謡曲が聴こえる』ほか、近年の小説には『恋愛は小説か』『短編を七つ、書いた順』『ミッキーは谷中で六時三十分』『真夜中のセロリの茎』などがある。
『去年の夏、ぼくが学んだこと』片岡義男(2015/6/25)
1970年代、誰もが経験した「昭和の青春」を青春文学の巨匠がみずみずしく描く。
神保町、下北沢を舞台に、ジャズ、酒、文学、そしてタンメンにあけくれた時代のはかない恋と別れを、著者ならではの胸に迫るスイートビターな筆致で感動的に描く。
─新刊『去年の夏、ぼくが学んだこと』拝読させていただきました。タイトルは、絵本『夏のルール』ショーン・タン著 / 岸本佐知子さん訳 (河出書房新社)の一文からの引用ということですが、どういうきっかけだったのでしょうか。
はじめ、タイトルが無いままに1/3ほど書いていました。それで、「お終いまでタイトル無しで書くのは辛いな、そろそろ決めなければ。」と思っていたところ、岸本さんから大きな封筒が届いたんです。それを受け取った途端に閃きました。きっと岸本さんは翻訳本を送ってくれたんだ、封筒の大きさからすると単行本ではなく絵本に違いない、そして、この絵本の中には必ずタイトルに使える言葉があるはずだ、と。
─文章の少ない絵本には印象的な言葉が詰まっていますよね。
そうなんです。絵本でなければいけなかった。そして、絵本の中に「去年の夏、ぼくが学んだこと」という言葉を見つけたんです。他にも短編のタイトルに使えそうな素敵な言葉は色々ありましたが、そのなかでもこれが一番ぴったりでした。だから、このタイトルになったのはまったくの偶然です。岸本さんが絵本を送ってくれていなければこの言葉を知らなかったわけですから。
─片岡先生の作品のタイトルは、例えば、音楽の曲名や誰かの会話の中での一言、レストランのメニューにある品書きなど、様々なところからつけられています。先生の琴線に触れる言葉に基準はあるのでしょうか。
それはわからない。傾向は無いです。見たり聞いたりした瞬間に「あ、使えるな。」と思います。要するに、言葉そのものは全部自分の外にあって、僕の中にあるのはそれを受け止めるアンテナのような能力なんです。
─自分の中からひねり出すのではなく、外から飛び込んでくるのですね。他の人なら見逃してしまいそうな言葉を片岡先生はキャッチされています。
僕は、短編をたくさん書きたいといつも思っているから。タイトルは書くための材料で、材料は自分の外にある。だから掴まなければいけない。掴むためには、いつも書きたいなと思っていることが必要です。常にそう思っていれば引っかかってくる。いつ飛び込んでくるのかはわからないです。
─『去年の夏、ぼくが学んだこと』は1967年が舞台です。何か理由があったのでしょうか。
1967年は、僕が体験したなかで一番大きかった時代の境目です。60年代という時代の終わり始めがはっきりと67年にあって、68年には完全に終わっている。その終わりというのも、ものすごく大きな終わり方だったわけです。そして、一つの時代が終わるということは、次の時代が始まるということ。ものすごく大きく始まりました。日本そのものが大きく変わった。
─どう変わったのでしょうか。
バブルに向かうわけです。ものすごく大きく変化して、それまでとは違う日本になった。より複雑に、スケールが大きくなった。要するに、バブルを支えていた土地神話という嘘がでっかくなった。僕は、そういう時代の境目を実際に知っているから、1967年を舞台にすれば書きやすいかなと思ったんです。
─フリーでライターをしている主人公は引く手あまたです。
当時は、ちょっとできる若い人には大人たちがたくさん仕事をくれたんです、結構いい原稿料で。今はないでしょ。何が変わったのかは僕にもわからないけど、あの頃は人がまだセコくなる前の時代だったのかもしれない。今のように、若い人を安く使い捨てしようとか、そういうことを考える人はいなかった。
─片岡先生の作品に登場する人物たちはいつもとても魅力的です。『去年の夏、ぼくが学んだこと』では、“僕”と恭子の架空のやりとりや、川沿いのベンチでの美和子との会話に心惹かれました。人物を描く際に意識されているのはどのようなことでしょうか。
女性は素敵でないといけない。男性は格好良くないといけない。そしたらもう、話はできたも同然だから。惨めな女や、箸にも棒にもかからない男も書いてみたいと思うんだけど、なかなかできない。そうはならないんです。
─物語では、年長者から主人公に、小説を書く上での様々なアドバイスが与えられます。そのなかで “小説に書く物語はすべて自分の外にある。”という言葉が印象的でした。
全部、自分の外にあるわけです。自分というのは一人しかいないので、ここにいたら他の場所にはいない。だから、ここ以外の、いたかもしれないあらゆるところにストーリーがある。自分がいない場所というのは無限にあるから、ストーリーも無限にあるというわけです。そういう風に考えると気が楽でしょ。自分の中に全てあると思ってしまうと、悩んでしまう。外にあると考えれば悩まなくて済みます。
─初めての小説を書こうとする“僕”は、綿密に構成について考えを巡らせました。片岡先生ご自身が小説を書く際はどのような順序で進めていくのでしょうか。
毎回色々です。決まっていたらつまらない。
─特定のテーマについて書きたいから小説を書くということはありますか?
それは無いです。書きたいテーマというのはありません。外から入ってきたストーリーをどう発信するか、ということです。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。片岡先生は、先行作品をもとに新たな作品を書くことについて、どのようにお考えになるか教えていただけますでしょうか。
面白いと思います。色々なことができるでしょう。僕も余裕があればやりたい。具体的にこの作品を、というのは無いけれど、例えば、大長編を短編に書き換えてみたりとか。
─また、片岡先生の作品の一部は、青空文庫で公開されています。インターネット上で作品を無料公開するに至った経緯をお伺いできますでしょうか。
経緯なんて何もないです。載せませんかと言われて、はいどうぞと。僕は、無料でもらうのはあまり好きではないけれど、無料で人が自由に使うというのは非常に好きなんです。
─今後、掲載される作品は増えていきますか。
増えていきます。基本的には全部公開するつもりです。無料で公開されれるのはすごくいいことですよ。本の売り上げとかはどうでもいいじゃない。
─ブックショートでは、大賞作品をショートフィルム化、ラジオ番組化します。
映像にするのは大変なことですね。スクリーンには、撮影のときそこにあったものが全部映ってしまう。そして、無いものは映らない。何があって何がないか、その兼ね合いが難しい。才能の無い人が映画を作ると、つまらないものがあって、大事なものが無かったりするわけです。そして、それが作品になって映し出される。それは大変だと思う。才能がないと駄目ですね。
─小説でも同じことが言えますか?
小説はまた別です。一人で書く小説と違って、映画作りには大勢の人が参加して、お金も時間もかかる。だから色々な人の才能をまとめるための特別な管理能力、マネジメント能力が必要で、そういう優秀なプロデューサーが監督の傍にいることが必要ですね。
─小説家を志している方にアドバイスをいただけますでしょうか。
物語は全て外にある。自分で作る代わりに外から探した方がいい。“作るな、探せ”。それがいいんじゃないかな。自分が持っているものがあるとすれば、それは“書き方”だけ。だから、自信を持って書けばいい。自分には書き方があるんだから、と。
─自分の書き方を持っているかどうかは書いてみないとわからないですよね。
『去年の夏、ぼくが学んだこと』の時代と違って、今はなかなか編集者が新人を長い目で温かく育てていくというのは難しい状況かもしれません。
そうです。あの時代は良かった。
ただ、今は昔無かったインターネットがあります。もし今、僕ではない誰かがこの小説を書いたとしたら、インターネットに載せてしまうしかないですね。そうすれば誰かが読む。そして、ある程度以上面白ければ、評判になる。それで、評判が評判を呼んで、本になるかもしれない。つまり、昔とは経路がまるで違うわけですよ。だから、どんどんインターネットで公開してしまえばいいんです。
─ブックショートでも面白い作品はWebサイトで公開しています。そうすることで、少しでも小説家を目指す方を後押しできればと思っています。
本日はありがとうございました。
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