鹿島田真希(かしまだ・まき)
1976年東京都生まれ。白百合女子大学文学部卒業。99年「二匹」で文藝賞を受賞しデビュー。2005年『ピカルディーの三度』で野間文芸新人賞受賞。12年「冥土めぐり」で芥川賞受賞。他の作品に『ゼロの王国』『来たれ、野球部』『少女のための秘密の聖書』など。
『選ばれし壊れ屋たち』鹿島田真希(文藝春秋 2016年6月10日)
新人作家の三崎小夜は、次回作が書けずに悩んでいた。担当編集者からの宿題は、なぜかBL小説を読むことだった。自称クリエイターの元彼。自意識過少な恋に熱き先輩。自我崩壊気味な人気漫画家。ちょっと壊れた周囲の人たちに翻弄されながら、戦う快楽に目覚めるまでの成長物語。
─新刊『選ばれし壊れ屋たち』楽しく拝読させていただきました。とても笑える作品でしたし、勇気を貰える一冊だと感じました。まずは、この物語が生まれたきっかけをお伺いできますでしょうか。
この作品の雑誌連載を始めるとき、編集者の方に、私のこれまでの作品には真面目に書いているようでいてどこか笑える部分があるので、いっそのこと笑い話を書いてみませんか、とご提案いただいたんです。個性的な応募原稿を読む普通の主人公と、主人公をめぐるかなり個性的な仲間たちについての小説というのを思いつきました。
─主人公は、駆け出しの新人作家でした。ご自身と同じ小説家の登場人物を書くときには、それ以外の職業の人を書く時と違いはありましたか。
どういう職業の人を書くか以前の話ですが、私が小説家としてデビューしたのは学生の頃でした。そのまま大学を卒業して、組織で働いた経験が無いまま小説家として一人で仕事をすることになった。だから、会社員として働いている人と比べると自分自身がとても幼く感じられて。書いている作品まで幼いのではないかと恥ずかしくなってしまったんですね。それで、他人の仕事に興味を持つようになり、小説家以外の仕事をしている人の話を聞くようになりました。私は、小説を書くということよりも、そうやってほとんどの人が、組織で働く経験が浅いうちから一人で仕事をするという小説家の環境が面白いなと思うんです。そういう人たちが持つ他の職業への好奇心や関心の高さ、それを小説に使ってみたいという業の深さみたいなものが。
─今回、それが主人公 三咲小夜(ミササヨ)に投影されている部分はありますか。
あると思います。たとえば、元国会議員で不動産屋のクマちゃんという人物に対して、「どうせこんな人なんだろう」と勝手に想像してしまう場面なんかはそうですよね。一人で仕事をしているから、そういう職業がどういうものなのかわかっていない。でも、小説家だからイメージが勝手に膨らんでしまうという。ミササヨが、クマちゃんと実際に接することでそういうイメージを覆して、異なる職業の人を見る目が啓蒙されたのでよかったと思います。
─三咲小夜は、担当編集者の金子からBL(ボーイズラブ)小説の新人賞の下読みのアルバイトを勧められます。鹿島田さんご自身はBL小説についてどのようにお考えでしょうか。
ボーイズラブ小説というジャンルは色々な作風があると思うので一概には言えないのですが、強いて共通点を挙げるなら、男性同士の人間関係について書かれている、著者が女性であることが多い、著者のプライベートがあまり知られていない、ということだと思います。だから、性別が違うことが多いのでおそらく難しいとは思うんですけど、たとえ著者が私小説風の作品を書いたとしても、それが読者には絶対にわからないという特徴があるのかなと。それに、ボーイズラブ小説は、一人の著者の中にある「理性的な人」と「自身の願望や欲求を反映したい人」という二重人格が交互に現れて書かれているような印象が強いです。一つの作品のなかでも、みんなが共感できる部分を書いている人と、自分だけが特に良いと思っている部分を書いている人が別人のように極端な気がして。そうするとやっぱり読んでいて、みんなが良いと思っている価値観と一人だけが良いと思っている価値観は違うんだなと感じますね。
─金子は、ボーイズラブを読むと、“人の表の価値観と裏の価値観”を学べるという意味のことを語っていましたね。
そうですね。表と裏という表現だと、なにか良い価値観と悪い価値観と言っているみたいですけど、そういうことではなくて、みんなにとって良いものと、自分にだけ良いものという価値観があるのではないかと考えています。
─そのBL小説の新人賞の応募作は、劇中劇のような形で登場します。書く際、他の本編との違いや、特に意識されたことがあればお伺いできればと思います。
他の部分との違いはありませんが、劇中劇は、賞の最終候補に選ばれた作品も含め、結局全部落選作なわけですよね。でも、だからといって、つまらない小説、いわゆる失敗作をわざと書くということはしていなくて、落選作品のなかにもそれぞれ評価に値するものをあえて少し残しておくという工夫をしました。
─三咲小夜の“正しいことをしている人間が、北川のような人間にいいようにされてしまう。これはとても深い問題なのではないだろうか。”という問いには多くの読者が共感すると感じました。
この作品では、正論が何かということではなく、自分が良いと思っている意見に対して、自分以外の大多数の人が同じようには思っていないとしたら、どういう行動をとったらいいのだろうということを書いていると思うんですよね。それで、ミササヨの恋人だった北川という男性は、彼女にとっては、自分に大きく損をさせる困った存在ですし、しかも、彼女にだけでなく、飲み会でお金を払わないといった迷惑を他の人たちにもかけている。だけど、彼は人気者だから、みんなはそれを迷惑とも感じていない。ミササヨとは彼に対する考えが違うわけです。
─ええ。
最初、ミササヨは、頭にきてはいるんだけど、どうしておかしいのか、どのくらいいけないのかを北川に言えなくて、心の中にだけ言葉を持っているという声を持たない存在でした。どうして言えないかというと、北川が人気者だから。北川のことを悪く言ったら、みんなに嫌われてしまうとか、雰囲気が悪くなってしまうと考えてしまって。だけど、雰囲気が悪くなってもおかしいことはおかしいって言わないと、北川に迷惑をかけられ続けてしまう。ミササヨは、追い詰められて、爆発して、正論を言わざるを得なくなったんですね。同じような状況であれば、大抵の人もみんなそうなるのかなと思います。
─そんな三咲小夜の師匠的存在になる氷川だいあはとても魅力的なキャラクターでしたね。
氷川だいあの人間像をわかりやすく言えば、自分が何を望んでいるかを本人は知らないけど、周りにはすぐバレてしまうという人です。これは、劇中劇のBL新人賞の応募作の著者とすごく似ている部分があります。応募者たちも自分が何を良いと思っているのかあまりよくわかっていない。たとえば、眼鏡の人がたびたび登場する小説があったとき、きっとこの著者も眼鏡をかけた男性が素敵だと思っているんだろうな、と読者が先に気がついてしまうように。
氷川だいあの持つ、あるときには自分を客観視できない、裸の王様やお山の大将のような性質は北川と少し重なると思います。自分がすごくないことをわかっていないところがとてもよく似ている。だけど、氷川だいあは、ふと冷静になって、自分が自分を見れていない状態を漫画にして笑いにできる人なんですね。
─一方の北川はそれができません。
北川は、自分の評価を周りからのチヤホヤ感、つまり人間関係に求めたけど、氷川だいあは、自分の漫画が評価されることを望んで作品にエネルギーを注いでいます。また、氷川は色々なアルバイトをしているときも、仕事ぶりや態度によって評価されることだけを考えていて、北川のようにまだ働いてもいないのに立派な発言をしたり、第一印象を良くすることで評価してもらおうということには興味がないんですね。
─人からの評価という話でいうと、クマちゃんがツバサ先輩に惚れたきっかけになったという病院でのウノ大会のエピソードもとても素敵だと思いました。
見栄やプライドのある人の中には、評価されたい言葉や評価してほしい人が決まっているという人がいます。そういう人は、それとは違った意外な形で褒められたり、意外な人が自分を褒めてくれるということに気づかない場合があると思うんです。ツバサ先輩の場合は、ウノというゲームで勝ちたいというプライドをポンと投げて暴挙に出たら、たまたまそのゲームのメンバーの外側に、ツバサ先輩に賛成する人や評価する人がいたということですね。
─ツバサ先輩がとてもかっこよかったです。そして、三咲小夜の北川に対する評価も物語終盤で変化しますね。
そうですね。連載の初めのときには、人気者の北川が、周りから相手にされなくなるという最後にしようと考えていました。だけど、それよりも、氷川だいあやツバサ先輩といった見栄やプライドにそもそも囚われていない登場人物を次々と出すことで、北川本人がきつくなるという方が自然なのではないかと思ったんです。北川が、見栄のために自分で自分を追い詰めて辛そうにしていることがわかったら、ミササヨはもう、彼を負かそうとか、ギャフンと言わせようとか考えなくなる。彼の存在自体が小さくなってしまうんですね。
─北川が好きでもない豚足をむしゃむしゃ食べ続ける姿は象徴的だったと思います。“精神と肉体が乖離する”とも書いていらっしゃいましたね。
まるで難しい哲学のような言葉ですけど、この作品においてはそういうことではなくて、言っていることとやっていることが違ってしまう状態、自分が本当に望んでいるもの、欲求しているものをわかっていない状態のことを言っています。そういうことを続けていると、本人がだんだんバテてきてしまうんですよね。
─自分の本当の欲求を自分でわかることは難しいような気もします。
それはそうですね。みんなが良いと言っているものを、自分自身が良いと思っていると錯覚をおこして、自分で自分を騙してしまうようなことが起こりがちです。みんなが良いと言っていると、自分もそれを好きなような気がしてしまう。たとえば、苦いコーヒーを飲むのがかっこいいとみんなが言っているから、本当は好きでもないのに飲んでみるとか、タバコ吸うとかっこいいと思われるから、体に合わないのに吸ってしまうとか、苦手なお酒を無理して飲んでしまうとか。そういう状態はやっぱり本人にとって辛いと思います。
─三咲小夜は周りに氷川だいあやツバサ先輩といった壊れている人がいるので、そうしたことに気づくことができましたが、周りにそうした人がいない場合はどうしたらいいでしょうか。
たしかに、周りに壊れている人や勇気を持って正論を言う人がいない場合もあると思うので、やっぱり自分で自分を興奮させたり、鼓舞したりすることが必要なのかもしれません。たとえ現実にはそういう友達がいなくても、なにかいい本や音楽に出会って、それに影響されたり感化されるのもいいでしょう。周りのバイアスのかかっていない、ピュアな瞬間に自分が良いと感じたものがある意味本当のもので、最初に何が好きだったかを思い出すために、よく自分の心を見るということも大事かなと思います。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。鹿島田さんは、マルグリッド・デュラスの『ヒロシマ私の恋人』をモチーフにした『六〇〇〇度の愛』を書いてらっしゃいます。先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えがあれば教えていただけますでしょうか。
やっぱり、全く新しい小説というものは存在しなくて、誰しも何らかの形で自分が過去に読んだことのある作品に感化されていて、それが、自分の書く小説に現れてくるものかなと思います。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
たくさん本を読んでいたり、才能があって面白い小説を既に書いている勤勉で才能のある人はきっといると思うので、その人たちにあえて私が言うことは何も無いのではないかと思います。
─ありがとうございました。
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