角野栄子(かどのえいこ)
東京深川生まれ。児童文学作家。『魔女の宅急便』『ラストラン』など、数多くの作品を生み出してきた。サンケイ児童出版文化賞、路傍の石文学賞、旺文社児童文学賞、野間児童文芸賞、小学館文学賞など受賞多数。紫綬褒章に続き、2014年旭日小綬章受賞。
『トンネルの森 1945』角野栄子(KADOKAWA 2015年7月17日)
太平洋戦争さなか、幼くして母を亡くしたイコは新しい母親になじめぬまま、生まれたばかりの弟と三人で千葉の小さな村に疎開することに。
家のそばにある、暗く大きな森の中で脱走兵が自殺した噂を耳にする。
耐え難い孤独感と飢餓感はトンネルの森のように覆いかぶさり、押しつぶされそうになった時、イコは兵隊の影を追いかけ森に入るが……。戦後70年にふさわしい、角野栄子の実体験から生まれた傑作ファンタジー!
─新刊『トンネルの森 1945』拝読させていただきました。この作品は、角野先生自らの戦争体験をもとに書き下されたということですが、戦後70年となる今、戦争についての物語を書かれた思いをお伺いできますでしょうか。
24年間かかった「魔女の宅急便 全6巻」が、2009年に完結した後、残された時間に、まず5歳の時になくした母のことを書きたいと思いました。それが、「ラスト ラン」(角川書店)でした。その後、まだ若いとき住んだブラジルのことをまだ書いてないと思い『ナーダという名の少女』(角川書店)を書きました。
でもその間、厳しかった戦争の時代の事は、出来れば、いつか書きたいと、心の隅で考えていました。でも、どう書く、それが見つからないでいました。書くなら、大人の視点や、後追いの解釈が入ったものは書きたくないと思っていました。なら、10歳の少女の目を通して見た、経験した、感じた戦争から離れることなくかいてみようと思ったのです。わたしの年から考えると、多分、これは最後の長編になるに違いない。経験したことを、出来るだけそのままに、書いてみよう。読者に作者からの、ことさらのテーマを押しつけるのではなく、読者はあの時代を自由に感じてほしい。
それには物語がいい、それもファンタジーで、そう思ったとき書けるかもしれないと思いました。多分、私の最後の作品なるだろうと思いました。それが去年の秋のことでした。締め切りは決めないいつものやり方で、書き始めたのです。
すると、編集者さんに、「来年は戦後70年だから合わせて出版しましょう。」と提案され、他の色々な仕事を断って、大急ぎで集中して書きました(笑)。
この時期を狙ったんだね、と思われるかもしれないけど、本当にそうではなかったんですよ。いつものように、1年ぐらいかけて、ゆっくりと書くつもりだったんです。
─そういうことだったんですね。
この本では、当時の大人の考えや後でつけられた戦争の解釈などは一切書いていません。1944〜45年の時代の流れのなかで、主人公のイコがどんな風にその世の中を見ていたかという、10歳の女の子の目線だけを通して書いた作品です。
─『ラスト ラン』(角川書店 2011年)では74歳でバイクにまたがっていたイコさん。今回の作品で描かれたイコちゃんは、小学生ながらとても気丈な子のように思えました。疎開先の千葉の学校で標準語を笑われた時、「仲良くしてくださーい」と、精一杯声を張り上げ、必死で方言を覚えようとする姿は印象的でした。角野先生の子供時代と重なる部分はありますか。
年代も重ねて書いていますし、イコが私の分身であることは間違いありません。私も疎開した千葉は、今でこそ標準語が話されていますが、当時はまだ千葉ことば丸出しで、“だべ”とか使っていました。だから東京の下町生まれの私が疎開した時、言葉が違ってしまったわけです。だけど子供心に、みんなと同じ言葉で喋ってみたいと思いました。それで、そういう風に振る舞ったんでしょうし、私自身もそういう性格の子供だったんだと思います(笑)。
─一方で同じ東京から疎開してきた子にも親近感を持ちます。
慣れない田舎の言葉を喋るということはそれなりの努力がいるわけですよね。でも、そうではなく、自分の持っている言葉でわかってもらえる相手がいることが嬉しかったのではないでしょうか。この場合は同じ日本人ですけど、例えば、外国の人と仲良くなっても、日本語の通じる日本人同士みたいにはいかない部分はありますよね。それが冒険でもあるけど・・・。
─タイトルにもなっている“森のトンネル”を通る時、イコが唱えるおまじない「イコが通ります。」はとてもかわいらしく、また、森に向かって自己紹介した後、歌を披露する場面もすごく好きでした。
それは、私が本当にやっていたことなんです。夕方、森の入り口に立って。昔の人はそういうところがあったのかもしれません。本を読むときも、腕を伸ばして本を目から離して、声に出して読んでいましたね。「1年1組、角野栄子です。」と自己紹介したりして。そういうことがいつも生活のなかにあったよう気がします。
─角野先生は著書『ファンタジーが生まれるとき』(岩波ジュニア新書)で“人は見えるものばかりに心を奪われがちだけれども、この世はそれだけではない。(中略)見える世界と見えない世界の間から、人の命といってもいい想像力が生まれてくるのだと思う。”と書かれています。今回の作品では、イコにとっての“見えない世界”の象徴が森だったのかなと感じました。
今の時代はだいぶ弱くなっているようで残念なんですが、人間は、想像をして、そこに何かがあるということに心を寄せて、安心したり、興味を持ったりできる力を持って生まれてきていると思うんです。私の母は、私が5歳の時になくなって、見えない世界に行ってしまいました。そうすると私は、そこがどういうところなんだろうと想像するわけですよね。お話を読むときも同じで、自分と物語を重ね合わせたりします。そこで、想像力というものが生まれてくる。自分の中に世界が出来て、そういう世界もあるんだなと思えることで、安心のようなものが生まれてくるんです。それは、大なり小なり誰にでもあるでしょうし、それが一番大事だと思っています。
─見えない世界によって想像力が生まれるんですね。
それに、物語を読むということは、同時に自分の中に、自分の物語としての世界を作っていくということです。イコちゃんに成り代わって、自分だったらこういう世界かな、と心に思い描かない子はいないと思います。そういうところが物語の素晴らしいところですね。だから、この戦争のお話も物語として書いているわけです。ノンフィクションで書くことは考えませんでした。ノンフィクションだったら、角野栄子の経験談ですよね。でも物語だったら、イコちゃんの世界なわけです。読者はイコちゃんの世界に入り込んで、同じように体験し、感じることができる。それで、自分なりの物語がそこに育っていきます。だから物語として書こうと思ったんです。
─読者の心の中それぞれに物語が生まれますよね。
それぞれ違うと思うんです。もちろん同じでもいいんだけど、そこには想像力のやりとりがあるわけです。それはやっぱり素晴らしいですよね。想像しながらその人のなかに自分の言葉が生まれてくるわけだから。それが物語の持っている力だと思っています。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー(1,000〜10,000文字)」を公募する企画です。別のインタビューで角野先生は、「本は扉を開けて違う世界に入って行くもの。そして本の終わりは閉まるのではなく、そこからまたさらに別の扉が開く。物語を読んだことでさらに違う世界が見え出す、いわばはじまりなんです。」とおっしゃっていますね。
物語を読んで、何も感じない人はいないわけです。そうするとそれを他人に言いたくなりますよね、「こんな本読んだんだよ。」とか。子供だったら、その続きの物語や絵を描く子もいます。私の読者の中にはそういう子がいっぱいいるんです。つまりそれは、物語を読んで、心がものを作りたいというクリエイションに向かっているわけですよね。想像力を高め、そしてそのエネルギーをクリエイションに向かわせる。ブックショートはそれを狙ってらっしゃるんでしょう。
─おっしゃる通りです。続編や後日譚、男女逆転など色々な切り口で応募が集まっています。
登場人物の性格だけをとったり、筋だけ活かして残りは全部変えてしまうとか色々できますね。
あとは、昔話もさることながら、童話の世界だったら一番出場率が高い存在といえば“お化け”でしょうか。そして、その次が“テディべア”、くまちゃん。数え切れないほどそういうお話があります。だから、手垢がついてしまった素材だってみんな言うけれど、私はそれをどれくらい斬新な切り口で書けるかという冒険心がすごく大事だと思っているんです。ブックショートのシステムは、例えば桃太郎さんの話だったら、誰も思いつかない桃太郎を書いてやる、という冒険心を掻き立てますよね。だからいいんじゃないかなと思いました。それに、このやり方はいきなり自分の世界を作るよりも、素人の方が参加しやすいですよね。
─中学生や高校生からの応募も多いです。
その年代だと、自分が想像したことを、どういう世界に作り上げていくかという力があまり育っていないから、いいのではないでしょうか。だけど、そこに先生の手が入ると困りますね。私も別の賞の審査をしているからわかるんです、学校単位でどかっと応募があるけど、みんな同じような感じになってしまう。先生の手は入らないほうがいいと思います。自由に、それが一番たいせつですね。
─ブックショートでは、大賞作品をショートフィルム化、ラジオ番組化します。
実写映画「魔女の宅急便」では、ご自身ナレーションを務められ、ちょっぴりご出演されていますね。ご自身の作品が映像化されることについてのお考えをお聞かせください。
私は、『魔女の宅急便』は、アニメ映画は宮崎駿さん、実写映画は清水崇さん、ミュージカルは蜷川幸雄さんの作品だと思っています。自分は原作を提供しているだけ。だから、一切口出しはしないです。もちろん、世界を変えられたら困るから、タイトルとかは変えないでほしいとは伝えますけど。別物ですからね。自分の作品にしようと思ったら、自分で作るしかありませんよ。
─私はこれまで、角野先生の朗読を二度拝聴したことがあります。(「読書のフェス(2013年5月)」と「文芸フェス(2014年2月)」)。とても素敵でした。
上野(読書のフェス)が生涯初めての人前での朗読でした。それで、次に東燃ゼネラル児童文化賞を頂いたときの記念公演(2013年11月)でやりました。そのときにプロデューサーが見に来ていて、実写映画のナレーションが決まったんですよね。その後、三越劇場(文芸フェス)でやって、このあいだは、東京ミッドタウンの芝生広場でも。今回の『トンネルの森 1945』のホームページには、作品の冒頭部分を朗読した音声が上がっています。私、朗読は案外好き、大好きです。
─読書のフェス以来、かなりたくさんされていますね。作品を書いているときも音読されると伺いました。
必ず音読します。自分の体の呼吸、リズムと合うような言葉を選んで書いて、何回も声に出して読むんです。普通、ある作品を途中まで書いたとして、翌日はその先を書きたいわけですよね。だけど私は、最初の一行目から声に出して読んで、それから進みます。そうやって読むのに時間がかかって1日に三枚しか書けないなんてこともありますけど(笑)。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
まずは、書くのが好きということが一番ですね。あとは、思いついたからパッと書くのではなくて、コツコツ、毎日書くこと。思いつきでフッといいものが書けたりすることもあるけど、そういうやり方では、その後が続かなかったりします。よく「思いついてから書こうと思うのよ。」と言う人がいるけど、そうではなくて、まずは「ある日、あるところで、何々さんが…」と書いてみる。そうすると、この何々さんはこういう性格にしようかとか、ある日じゃなくて昔にしようか、三年前にしようかとか、そういう風にどんどん次から次へと物語がつながっていくんですよね。だから私は、生真面目に、こつこつと書くということが必要なんだと思います。
─毎日コツコツですね。
金原瑞人さんが翻訳した『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』という本があって、作家や詩人がどんな生活をしていたかが紹介されています。少し読んでみましたが、やっぱりみんな、こつこつと書いていたようですね。ヘミングウェイでさえ、あの短編を、こつこつ書いたと書かれていました。だからまず、書くのが好きなことが大事で、好きであればもし今日は嫌になったとしても明日また書きたくなる。あまり好きじゃなくて、ちょっと面白そうだから、という人は、今日書けなかったらきっと明日は無い。本当に好きだったらつながっていくと思うんです。
─ありがとうございました。
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
*インタビューリスト*
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本谷有希子さん(2018.9.27)
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住野よるさん(2018.3.9)
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池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
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