中島京子(なかじま・きょうこ)
1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。
出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』で作家デビュー。
2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。同作は山田洋次監督によって映画化され、2014年公開。
著書に『イトウの恋』『ツアー1989』『平成大家族』『宇宙エンジン』『東京観光』『妻が椎茸だったころ』などがある。
『かたづの!』中島京子 (集英社 2014年8月26日発売)
慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊が、八戸南部氏20代当主である直政の妻・袮々と出会う。羚羊は彼女に惹かれ、両者は友情を育む。やがて羚羊は寿命で息を引き取ったものの意識は残り、祢々を手助けする一本の角――南部 の秘宝・片角となる。平穏な生活を襲った、城主である夫と幼い嫡男の不審死。その影には、叔父である南部藩主・利直の謀略が絡んでいた―。 東北の地で女性ながら領主となった彼女は、数々の困難にどう立ち向かったのか。 けっして「戦」をせずに家臣と領民を守り抜いた、江戸時代唯一の女大名の一代記 。
─新刊「かたづの!」の出版おめでとうございます。とても愉しく拝読させていただきました。中島さんの作品にはいつも個性的な女性の存在があると思いますが、今回の主人公、弥々(清心尼)も過酷な運命に毅然と立ち向かっていく非常に魅力的な女性でした。まずは、彼女を書こうと思ったきっかけについて教えてください。
本当に偶然出会ったようなものでした。大学時代の恩師のところに遊びに行ったときに、史学の専門家向けのある雑誌をいただいたんです。それを帰りの電車の中でパラパラと読んでいたら、「女の大名としては、遠野に清心尼がいた」という一行を見つけてすごく驚きました。女大名がいたなんて話、聞いたことがないじゃないですか。しかも、「江戸時代で唯一」と書かれてあったので興味を持って調べ始めたんです。ただ、はじめはネットとかちょっとした文献があれば読んでみたくらいで、小説を書こうとまでは思っていませんでした。
それから、当時担当だった女性の編集者にその話をしたところ、面白そうだから遠野に行ってみよう、ということになりました。2010年の秋頃でしたね。まだ取材するってほどには何も固まっていないうちに、遠野に遊びに行ったんです。そしたら、観光している途中で偶然にも清心尼のお墓を見つけ、お墓参りをすることに。観光名所みたいなところではなく、ぽつんと田舎にあるお墓でした。それで、さすがにお墓参りまでしたらこの人のこと書くのかな、と思ったのですが、それでもまだその時は、いつか書くだろうな、というくらいの気持ちでした。
─いつか書くだろうな、が、今書こう、となった転機はいつでしたか。
彼女のことを書こうという強い意志を持ったのは、その翌年に起きた東日本大震災の後、2011年の秋に再び遠野を訪れたときのことでした。自衛隊のキャンプやボランティアの拠点となっていた街の風景を眺めながら、彼女の生きていた場所を訪ね歩いたり資料館に行ったりしているうちに、清心尼が生きた時代、慶長16年に起こった三陸大津波について詳しく知ることになりました。東日本大震災は私自身の生涯で一番衝撃的な自然災害でしたが、この土地はそういうことを何度も体験しているんだなと、そんなことを思ったんですね。そして同じ土地に、そういった自然災害だけではないですけど、様々な過酷な運命に立ち向かって生きていた女の人がいた。その事実は、やっぱり今書いた方がいいんだな、書くべきなんだな、と感じました。そのために私が清心尼を知ることになったんじゃないかな、という気までしてきたんです。
それで書き始めて、どんどん彼女のことを考えるようになりました。次々と起きる大変なことについて、その度に非常にしっかりした考え方をもって決断していくので、どんどん尊敬するようになります。印象としては、最初のうちは私が書こうと思っていたのが、段々段々、書け、と清心尼から言われているような気持ちになってきました。
─語り部となるのが、弥々(清心尼)の波乱に満ちた生涯を見つめ続け、時に手を差し伸べる「片角(かたづの)」。遠野に伝わる神様の視点で物語が進んでいくのもユニークですね。
清心尼のことを調べていく中で、遠野に明治時代まで「片角ご開帳祭」というお祭り、年に一回、片角様という神様が人間を叱るという儀式があったことを知りました。そして、それが始まったのがどうも清心尼が遠野に行く前、八戸にいた時代だっただろうというところまで資料に記されてあったんですね。さらに、実在する片角というモノはもともと「天竜の角」と呼ばれていて、昭和になってから調べた学者さんによってカモシカの角だと判明していたことまでわかった。そういう事実があったので、片角は、元々は神様じゃなくてカモシカだったんだ、と発想して、神様になる前の一本角のカモシカから書きました。かわいいし、自分でも気に入っているキャラクターですね。カモシカだったのに成り行きで神様になっちゃったからしょうがないじゃん、みたいなピュアというか無邪気というか、素朴な存在で。語り部が決まってからは小説として弾みがついて、どんどん進むようになりましたね。
─また、「片角」以外にも随所に織り込まれている様々な伝説やエピソードは、物語をとても愉しいものにしていると思いました。特に河童のお話はとても面白かったです。
河童については、実際に八戸起源説みたいな伝承があるんです。左甚五郎と河童のエピソードはあまりにも面白いですし、弥々子という関東一の河童の女親分の逸話もとてもよく知られています。そういった現在まで伝わっている話というのは物語の起源のようなもので、私を含めた多くの小説家が、何度も何度もそこから汲み上げて様々な物語を作っているんですね。作家の井上ひさしさんが「新釈遠野物語」という作品を書かれていて、それは、柳田國男の「遠野物語」に触発された「井上ひさし版・遠野物語」で、やっぱり物の怪のようなものが出てくる短編集なんですけどすごく面白くて、『かたづの!』に登場する河童の大将の“川辺孝之進”という名前は、そこに登場する河童の名前“川辺孝太郎”から借用させていただきました。また、江戸時代唯一の女大名となった“弥々”と、河童の大親分“弥々子”の名前がリンクしているのも面白かったですね。これは全くの偶然でした。それでやっぱりこれは書くべきだろう、絶対、河童が私に書けと言っているんだと思いました。そういう風に、本当に偶然のように繋がったものもたくさんあって愉しかったですね。
─物語の舞台は戦国末期〜江戸時代が中心ですが、弥々(清心尼)が直面する難題は現代社会に通ずることがたくさんあると感じました。私たちが、彼女の物語を通して気づくことができるのはどんなことでしょうか。
弥々(清心尼)について調べ、書いていると、古今東西、紛争の種って同じなんだな、と思えることがたくさんありました。彼女は東北の小さな藩だったけど、領土問題はあるわ、民族紛争とまではいかないまでも昔からその土地に住んでいた者と新しく入って来た者のトラブルはあるわ、ありとあらゆる争いの種を抱えていたんだなと、どうしても私にはそう読めてしまったんです。だから、彼女の決断というのは、ずいぶん私たちに教えてくれることがあると、書き進めながら思いました。
書き終わってから、岩手県の本屋さんがこの本を読んで感想を送って下さったんです。その方はこの作品で初めて清心尼のことを知って、彼女のお墓にも詣でてこられたそうなんですけど、その方がおっしゃっていたことがすごく心に残っています。それは、今ある遠野は、それこそ震災の後も重要な役割を果たした街だけど、清心尼が国替えを受け入れる決断をして遠野に移らなかったら無かったんだなぁ、と。その土地の人だからこそ、そういう風に思うところはあったんでしょうけど、まさにその通りですよね。彼女の決断が現実を作り、未来を作った、ということがしっくり腹に落ちたというか、考えさせられましたね。
調べれば調べるほど、本当に重要な決断を数多くした人でした。教科書に載るような大きな歴史ではないし、すごく有名な人物ではないのだけれども、彼女がやったことから教わることはたくさんあるんじゃないかな、と思いました。
─是非多くの方に物語を読んでいただき、清心尼の生涯から色々感じとっていただきたいですね。
さて、わたしたちは、短編小説を公募し大賞をショートフィルム化するという「Book Shorts」を企画しました。中島さんの直木賞受賞作『小さいおうち』は山田洋次監督によって映画化されましたね。小説が映画化される際、登場人物のキャラクターや人間関係、そしてストーリーは、ある部分は強調され、ある部分は削られていくものだと思います。『小さいおうち』は、小説、映画どちらも素敵な作品だと思いましたが、原作者として映画をご覧になっていかがでしたか。
自分の作品が映画化されるのは初めてだったのでとても面白い体験でした。もっと映画監督というのは好きなようになさるのかな、と思っていたんですけど、山田監督は何度も脚本を見せてくださって、何かあったら言ってくださいね、と気にかけてくれました。とても原作を大事にして下さったと感じましたね。
ただ、大事にするといっても、あくまで読書というのは100人いたら100通りの読み方があるわけで、監督が本当にすごく好きになってくれたもの、それにすごく忠実な映画だったと思います。そういう意味では、原作者として自分の世界が100%表現されているとか、それはありえないことだし、望んでもいなかったことです。よく映画関係の取材を受けたときに、「思った通りのタキちゃんでしたか?」とか、そういう質問が多かったのですが、思った通りとか、そういう話ではないんですよね。俳優さん女優さんたちは本当にものすごく素晴らしかったと思います。とくに松たか子さんは、ちょっと駄目なんだけどかわいいみたいなキャラクターの役を素敵に演じて下さってとても嬉しかったです。
ストーリー上でとても大きな設定の変更があったところは、山田監督と何度も話し合いました。私は、明確に文章で書いてないところは、それぞれの読者の受け取り方に全てお任せするという考え方なので、作品を私の思った通りに読んでもらわなくても、それは構わないと思っているんです。ただ、映画の場合はそこを曖昧にしてしまうわけにはいかない。映画って小説とは全然違うものだと思うので、そういうわけにはいかないというのはあったんですよね。それで、どうする、ということがありました。映画は、小説とは構造が全然違うものだから、最初から観て最後に疑問が一つ解けるくらいじゃないと、観客が混乱することになるかもしれない、と思うところもあったので、その変更については、それはそれでいいんじゃない、ということを言いました。小説を読んで、映画とは異なる解釈をしている方もたくさんいらっしゃいますが、作者としてはそれでいいと思っています。
─原作のある映画の場合、原作となった小説と映画、どちらを先に読む(観る)のがおすすめでしょうか。
すごく難しい質問ですが、私は映画を先に観るのがいいのかな、と思いました。小説を読むのって自分のなかで一編の物語を作るようなところがありますよね。その人のなかでその人バージョンが出来上がるというような。だから私の場合、映像を後で観ると、私のバージョンと違う、という気持ちがどうしても湧いてしまうことが多いんです。だから、一観客というか一読者の立場で言うと、映画を観て、ああ面白かった、原作も読んでみたい、と思って読むと、あ、なんだかすごく違う、でもこっちも面白い、となって、その方がいいのかなぁとも思ったりします。でも、やっぱり映画を先に見てしまうと結末が先にわかってしまうので、小説へののめり込み度が落ちてしまうかなぁ。ただ、その点ではどっちもどっちな気もしますけど。
─あまり続けて読んだり観たりはしない方がいいかもしれないですね。間違い探しというか、答え合わせみたいな変な感じになっちゃいますから。
そうかもしれないですね。観て、しばらくして結末の記憶が曖昧になってきた頃に読むといいかもしれないですね。
ただ、小説家の立場としては、それはもう先に本から読んでいただいて、濃い読書体験をしていただく方が当然嬉しいですよね。(笑)
─Book Shortsの募集テーマは、昔話や民話などをモチーフにした短編小説です。中島さんも『かたづの!』で片角伝説や河童伝説を取り入れてらっしゃいますし、デビュー作が田山花袋の名作『蒲団』のアレンジ作品『FUTON』でしたよね。そういった派生作品を書くきっかけ、そしてその魅力はどこにあるとお考えですか。
きっかけというのは、元となる作品を読んだから、という一言に尽きると思います。元の作品を読んだからこそ派生作品を書きたくなる。
私はパロディがとても好きでたくさん書いていて、筑摩書房から秋に『パスティス』というそういった作品を集めた短編集を出版する予定です。物語を書くきっかけって色々あると思うんですけど、私の場合は、読んだ作品に触発されて書くというのがすごくよくあるパターンなんです。やっぱり読んだものがくれるイメージはすごく大きいですよね。インスピレーションをくれるというのもありますし、批評みたいなこともあります。私はこの原点(物語)をこのように解釈したい、と。例えば、『蒲団』という小説を読んだとき、私は夫ではなく、妻が何を考えていたのかについて書きたい、というような気持ちが湧くと、『FUTON』のような小説が生まれたりします。原点となる物語が、私にとって書くきっかけというか、高いモチベーションをくれますね。
─最後に、ブックショートに応募しようと思っている方、小説家を志している方にメッセージいただけましたら幸いです。
今回、ブックショートが選んだテーマ、元の作品があってそこから何か書くというのは、これから小説を書こうと思っている方にとって本当に良いテーマだと思います。何もかもゼロから作るというのはなかなか難しいところがありますが、題材があってそれをどう料理しようか、というのはすごくとっかかりやすいというのがまず一つありますし、それだけじゃなくてとてもいい練習になると思うんですよね。今回は太宰文体で書いてみよう、というように文体ごと真似するっていうやり方もできますし、あるいは物語の構造、例えば、かぐや姫の物語の構造を使って、女の子がいて、求婚者にいくつもの試練が課されて・・・みたいなパターンでどんな話が出来るか色々と考える。画家がデッサンで練習するようなイメージで、すごくいいんじゃないかな、そういう風にやるのって。私自身は少なくともそういうこと考えますよね、今回はこのパターンで書いてみようとか、この文体でとか、この話を男女逆転させてみたら、とか、色んなパターンを考えて、練習するような感覚で。そうやって書いてみるとすごくいいんじゃかいかな、と思います。
─ありがとうございました。
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