はあちゅう
ブロガー、作家。1986年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。在学中に友人と企画した期間限定ブログが1日47万PVを記録し、ブログ本を出版。卒業旅行は企業からスポンサーを募り、タダで世界一周を敢行した。電通、トレンダーズを経てフリーに。著書に『さきっちょ&はあちゅう 恋の悪あが記』『わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?』『疲れた日は頑張って生きた日 うつ姫のつぶやき日記』『半径5メートルの野望』『言葉を使いこなして人生を変える』などがある。
『通りすがりのあなた』はあちゅう(講談社 2017年9月26日)
大学三年の一年間、モラトリアムに逃げこむように香港大学に留学したサホは、マイケルというABC(アメリカン・ボーン・チャイニーズ)と出会う。冴えない自分と、人気者の彼。付き合っているようで、本当のところはわからない。やがてマイケルは、奇妙な「秘密」を漏らすようになって――(「世界が終わる前に」)
17歳の夏休み、パナマに短期留学をすることになったハルナ。ホームステイ先では日本との習慣の違いに右往左往し、学校ではスペイン語が全く分からず困り果てる毎日。そのうえ、クラスで冴えないジェニファーがあれこれ世話を焼いてくるようになって、正直ちょっと迷惑なのだが……(「友達なんかじゃない」)
念願の世界一周旅行を始めた矢先、ボリビアで高山病になったリサを助けてくれたのは、同じく旅行中のコウさんだった。同じルートの少し先を旅するコウさんとは、会えそうでなかなか会えない。コウさんを追いかけて旅するうちに、リサの中で彼に伝えたい言葉が溢れてきて――(「世界一周鬼ごっこ」)
言葉や距離を超えて築かれる、友達とも恋人とも名づけられない“あなた”との関係。7通りの切ない人間模様を描く、はあちゅう初の小説集!
─さまざまな分野でご活躍されているはあちゅうさんですが、小説を書きたいという気持ちはいつ頃から芽生えていたのでしょうか?
自分の記憶には残っていないのですが、母によると、二歳くらいの頃から作家になりたいと言っていたそうです。私が覚えているのは、九歳のとき。林真理子さんのエッセイを読んで、「あ、私作家になりたいな」って。ただそのときは、なにか透明な気持ちで作家を志したというよりは、自分の経験をフルリサイクルできるのは作家という職業しかないのではないかと思ったことと、クラスで引っ込み思案でなかなか思ったことを口にできない私でも、書くことでなら自分を表現して世の中に発表できるのではないかと考えたからです。
─本は昔から好きだったんですか?
大好きでした。まだ文字が読めないうちから電話帳を開いて眺めていたり、おじいちゃんやおばあちゃんに読み聞かせてもらった本の内容を諳んじていたり。誰かと外に遊びに行くくらいなら読書したいという子供で、常に活字を追っていたんです。中学生の頃には、受験勉強をしながら夏休みだけで約300冊読みました。そのときまで私は、みんなも同じくらい本を読むものだと思っていたのですが、先生にそれを言ったら、嘘をつくんじゃないと怒られて……自分が他の人と比べてたくさん読書していることを初めて自覚しました。
─夏休みに300冊はすごいですね。
普段は速読ですが、言葉の組み合わせにはっとさせられると、その部分を何度も繰り返し読んでしまいます。だから、言葉を使う仕事がしたいという気持ちを持ち続けたのでしょうし、これだけ読書に時間を捧げてきたのに、読書を生かした仕事につけなかったらもったいないと考えるケチ根性もあったかもしれません(笑)。
─今回、初めての小説を書いてみていかがでしたか? 主人公は、皆女性でしたね。
はじめは男性を主人公にした作品も書いていたんですけど、自分でボツにしました。やっぱり初めて出す小説だから、あまり背伸びして失敗しないように自分にとってわかりやすいことを等身大で書こうと思ったんです。そういう意味では、文章でも無理な挑戦はしていなくて、今回はとにかく、小説の体になるものを書かなくては、と考えていました。わかりやすさとすっとした読後感だけを意識して書いた作品です。
─収録されている七編は、「名前のつけられない人間関係」がテーマとなっています。この題材はどのような着想から生まれたのでしょうか?
自分自身のネットでの経験が色濃く影響しています。私がネット上でなにかを発信したときに、自分という人間が誰かの枠にはめられて語られることがすごく多くて。慶應だからこうだろう、帰国子女だからこうだろう、この人とつるんでいるからこういう考え方だろう……といったように、自分とはかけ離れた「自分」がネット上で広がっていくことに対して、居心地の悪さと怖さを感じていました。しかも、そういう属性をもとに私をいいとか悪いとかジャッジする人が多くて、それがすごく嫌だった。だからこの本には、誰かについて、あなたが判断しなくてもいいんじゃないですか、というメッセージを込めたつもりです。
あるいは、今の世の中で不倫はすごく悪いことだと規定されています。だけど、部外者がそれを判断する立場にはありませんよね? にもかかわらず、“正義の代理人”のように振る舞う人たちが大勢いる。私はいつもそれに気持ちの悪さを感じているので、名前のつけられないような曖昧な人間関係を、善悪の判断をすることなくそのままに受け入れられるような世の中になったら良いなと考えてこの本を書きました。
─曖昧な人間関係をそのまま受け入れられる社会を。小説ではまさに恋愛とも友情とも呼べないような関係が描かれていますよね。
人生では名前のつけられない関係の人のほうが多いような気がするんです。たとえば、「友達何人いますか?」という質問をしたら、みんな自分のなかの“友達”っていうカテゴリに当てはまる人を数え出すと思うんですけど、おそらくそんなにたくさんは出てこないでしょう。だけど、自分がこれまで会った人間はもっといっぱいいるわけですよね。そういうその他大勢の存在も、意外に自分という人間を形成する大きな要素になっているのではないかと感じるんです。継続的な関係にはなっていないけど、記憶のなかに大事にしまわれている人ってたくさんいる。もしいまそれが思い当たらなかったとしても、なにかしらの瞬間にきっかけがあれば思い出したりつながったりすることもあるかもしれない。そういう記憶の箱を開けるような作品であってほしいなと願っています。
─作品中の人物に、ご自身(の経験)や周囲の人間(との関係)を投影した部分はありましたか?
7作品全てにベースとなった実体験や実在のモデルが存在します。もちろん、そのままを書いたわけではないですけど、彼ら彼女らの要素や自分の体験を組み合わせ、そこからエピソードを膨らませ再編集して創作しました。モデルにした人たちのなかには、いまはなにをしているのか私はわからない人も多いですし、連絡先やフルネームさえ知らない人もいます。まさに本のタイトルにあるように、私の人生のなかの通りすがりの人たちを組み合わせてできた本ですね。
─本書について、ご自身主宰のフェイスブックのサロンで読者150人にプルーフを読んでもらって、PRや販売戦略を一緒に練っていらっしゃると伺いました。
オンラインサロンに集まってくれるのは、私のことを見守ってくれる人だなと改めて感じています。そこで集まったアイデアを実現できるかどうかは別にして、基本的にはみんな本を売ろうというポジティブな気持ちを持ってくれているので、新しいことに挑戦するときや不安があるときに前向きな言葉をかけてくれる。それが、自分にとって大きな支えになっています。
─仲間がいると心強いですもんね。もともとはどうしてサロンをつくろうと考えたのですか?
作ろうと思ったきっかけは、本の宣伝期間をなるべく長くとりたいという気持ちからでした。そうするとやっぱり書店に並び始めてからでは遅くて、事前にどれだけ盛り上げられるかが大事になってくるわけです。オンラインサロンを作ったという事実によって、それ自体が話題化され、発売一か月以上前の8月には新聞社さんに取材していただけました。それに、本が発売される前、プルーフ(見本誌)の写真がインスタグラムにけっこう上がっていたり。なにか色々やっているなというざわざわ感が出せたのではないかと思っています。
─なるほど。
私は、読書というのは、もっと立体的にしていったほうがリッチな体験になるのではないかと思っていて。『通りすがりのあなた』を出版しますというときに、じゃあどうして私がこういう小説を出すのか、どうして今なのか、どうやって売っていくのか……そういうところにある様々なストーリーを全部、人の目に触れてもらえるようにしたほうが、面白がってくれる人もいるだろうし、この本への愛おしさを感じてもらえると思うんですよね。そうやって、この本が私だけの自分ごとではなくて、たくさんの人たちにとっての自分ごとになってほしいなと願っています。
─クリエイターの方々ともコラボレーションされていますよね。本に書かれているタピオカドリンクが実際に飲めたり。
私が自分でSNSやブログで募集したんです。これからFacebookやインスタグラムに、『通りすがりのあなた』を読んで浮かんだイメージで作っていただいたアクセサリーやテディ・ベア等の写真も上がってくる予定ですが、そういうところからこの小説に興味を持ってくれる方もいると思うんです。タピオカドリンクを飲んで、この飲み物が出てくる小説を読んでみたいと思っていただいたり。そういう形でも広げていきたいと考えています。
─小説が別の形になっていくのはおもしろいですよね。
クリエイターさんとのコラボレーションによって、自分の力だけではできなかった様々な作品が生まれてくることを私自身すごく楽しんでいます。私の小説が、クリエイターさんたちにとって自分の作品を作ることの理由になっていることがとても嬉しいです。
─はあちゅうさんのツイッターのプロフィールには<ネット時代の作家を目指しています>と書かれていますが、今の話とつながるんでしょうね。
そうですね。こういう取り組みももちろんそうですし、あとは、文章を色々な形で売っていくという試みも含まれています。以前、ある紙の媒体で書籍化前提で連載をしていたことがあったんですけど、ある日その雑誌が休刊になってしまったんです。そうすると、続きが書けないうえに本にもならない。それで私は、そういう仕組みがこんなに脆いものだったんだとショックを受けて……だったら、締め切りやテーマ、書籍化といったことを誰かに委ねるのではなく、自分で決められるようにしようと考えて、noteという月額制課金のプラットフォームで「月刊はあちゅう」という連載を始めたんです。そこでは私が、「あなたみたいな無名な人がエッセイを書いてもしょうがない」と言われたエッセイを好きなだけ書けるし、読者を自分で集められれば、雑誌連載よりも利益が出せる。私は、「こういうものはお金にならない」と誰かが決めたルールの中で演技するのではなくて、そういう風にして自分の書きたいものを書いて、お金を稼いでいくという方法をどんどん見つけたいと考えています。
─それができれば、他の作家さんにとっても大きな意味を持ちますよね。
そのためには、やっぱり圧倒的に知名度を上げて、もっともっと注目を集めて、利益を上げなければいけません。稼げなければ他の人が真似しようと思わないでしょう。フォロワーが15万人いてもその程度の稼ぎ、その程度の結果なんだ、となったら、弱いメッセージにしかならない。「こんなに成功しているんだ」と思われなければいけないので、道のりは遠いなと感じつつ、本を色々な形で読者に届けていきたなと考えています。
─話題は変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリーを公募する企画です。具体的な先行作品をもとに新しい作品を書くことについてお考えがあれば教えてください。
いまのところ、二次創作をしてみたいという具体的な作品はありません。ただ、私自身は、もちろん色々な作品の影響を受けています。たぶん、いままで読んできた本の中にあるメッセージを一度咀嚼して、吸収した後のアウトプットが私の作品になっているので、そういう意味ではあらゆるものの二次創作とも言えるのかもしれないです。あとは、二次創作ではありませんが、林真理子さんの『食べるたびに、哀しくって…』(角川書店)という本がとても好きなので、自分もいつか、ああいう食と思い出のエッセイを書いてみたいなと思っています。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
書きたいと思う気持ちと実際に書くことにはすごく大きな開きがあるので、書きたいと思ったら書かないと前に進めないよ、と伝えたいです。このあいだツイッターで、<ライターになりたいという人に、まずはブログを書いてみたらって言うと、書くことがないって言ってくる人がいて驚く>と書いている人がいました。つまり、書きたいことがあるからライターになりたいのではなくて、「ライター」という響きへの憧れや、ちやほやされたいという願望がその動機なわけです。そういうことではなく、本当に書きたいのであれば、その気持ちを一番試せるのは実際に書いているときなので、どんどん書いて、発表したらいいのではないでしょうか。自分では自信がなくても、いまはその良さを見つけてくれる人が多い時代です。とにかく人目に触れる場所にポートフォリオを置いておくことがすごく大事ですし、SNSという無料で使えるツールもあるので、それを使わないという選択をしている人はすごく勿体無い気がします。ネットでパワーを持つということは、キャリアをショートカットできるポイントになってきますから。
─ありがとうございました。
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