円城塔(えんじょう・とう)
1972年、北海道生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007年、『オブ・ザ・ベースボール』で第104回文學界新人賞を受賞。10年、『烏有此譚』で第32回野間文芸新人賞、12年、『道化師の蝶』で第146回芥川賞、『屍者の帝国』(伊藤計劃と共著)で第33回日本SF大賞特別賞、14年、『Self‐Reference ENGINE』の英訳版でフィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。その他の著書に、『Boy’s Surface』『後藤さんのこと』『バナナ剥きには最適の日々』『これはペンです』等。
『シャッフル航法』円城塔(河出書房新社 2015年8月27日)
ハートの国で、わたしとあなたがボコボコガンガン支離滅裂に。宇宙間移動時の奇妙な事故を描いた表題作ほか全10篇。『屍者の帝国』より3年、新時代のほら吹きがおくる待望の作品集。
─新刊『シャッフル航法』とても楽しく拝読させていただきました。まずは表題作「シャッフル航法」について、この作品ではプログラムを使ったと伺いました。
「シャッフル航法」で書いたのは、プログラムと一章分の文章です。先に書いておいたプログラムで、文章の順番を規則的にかき混ぜていきました。やろうと思えば手動でもできましたが大変なので、プログラムに助けてもらったんです。順番をかき混ぜて、8回で元の文章に戻るというプログラムですね。
─五七調でリズミカルな文章でした。
文章の順番をどう切り替えても読めるようにしようとすると、どうしてもそうなってしまうようです。この作品はもともと、詩を依頼されて書いたものでした。僕には漠然と詩を書くということが難しかったので、先に何か面白そうな仕組みや条件を作って、その後内容を調整するという形で楽しげなことをやれればと思ったんです。
─収録作品「Φ(ファイ)」では、段落ごとに文字数が一文字ずつ減っていく文章が並びます。これもプログラムですか。
そうですね。これも紙に書いて並べ替えれば手動でもできますが、それだとつらいので、「文字数を数えて長い順に並べるプログラム」を書きました。まずは思いついた順に文章を書いておいて、そのプログラムで欠けている文字数の文章を確認していったんです。これも、やってみると楽しそうだったからという以上の理由はありません(笑)。
─文章の内容も、形式にリンクしているような印象を受けました。
「Φ」では、宇宙が小さくなって消えていくイメージと、喋れることがだんだん無くなり息苦しくなっていく感じを一緒に表現できればいいなと思っていました。それは「シャッフル航法」も同じで、混ぜるときはバラバラの文章、息苦しいときは息苦しい文章、というように形式と文章を合わせるようにはしています。
─「つじつま」は、「お腹の中に子供がいてまたその中に……」という入れ子構造のとても笑える短編で、収録作品のなかで最も読みやすかったような気がします(笑)。
まだストーリーがある方ですからね(笑)。僕は、入れ子構造が好きなんですよ。いつも書いています(笑)。ただ、いつも書いているんですけど、単純な入れ子ではなく、間の階層を乱すようには意識しています。
─「イグノラムス・イグノラビムス」に登場するワープ鴨は、“今日はこちらのワープ鴨が自分だが、明日はあちらのワープ鴨が自分となる”というように、身体と精神(入れ物と中身)が移動可能になっています。また、「(Atlas)³ 」で殺され続ける“僕”は、殺された後、自己同一性一式の包みを渡されます。自分が自分であると自分で認識することについて、円城さんのお考えを教えてください。
こう言ってしまうと危ないかもしれないですけど、僕には、確固とした自己があまり無いのかもしれません。そもそも「自分の認識」なんて、みんなが思っている程強固なものではないという感覚が強いんです。今、こうして喋っているときは、さも確固とした自分があるかのように振舞っていますが、歩いているときや仕事しているとき等、意識していない場面の方が多いですよ。だから、自分の意識に関してことさら強調する必要はないという気がしています。
─自分が自分であると他人に認識されることについてはいかがでしょう。
他人からの扱いがどれだけ一致し続けているのか、それが、本当に一致しているのか、自分でそう思っているだけなのかは、本人にはわからないですよね。ある日突然、友人の態度が冷たくなったとして、何が変わったのか。自分の中身が変わったのか、相手の中身が変わったのか、二人の関係性が変わったのか。それはよくわからない。なんとなく処理する慣習があるだけのような気がしています。だから、そういうことについて、すごくゆるいものとして捉えてみよう、と考えるのが僕はすごく好きなんです。
─円城さんご自身が、他者に対する認識が揺らぐということはありますか。
僕は、他人の顔と名前が一致しない方なので、よく間違えることがあります(笑)。逆に、例えば、ホテルのロビーで働いている方は、他人の顔をきちんと覚えますよね。一度会話しただけなのに、数ヶ月後に行ってもまだ覚えられていることもある。僕とは見えている、暮らしている世界が違うんのではないかという気がしますね。彼らのように確固とした人間認識があると、何か暮らしが変わるのかもしれません。逆に僕はすごくゆるいので、何度会ってもわからない。いつもとりあえず謝るところからスタートしています(笑)。
─それは記憶力の問題なんですかね。
記憶力がないと大変ですよ(笑)。でも、人間の記憶力は大体同じようなレベルにあると思います。上と下に突き抜けている人もいるでしょうけど、大抵の人は日常生活を送るためにはこれくらい記憶力があれば平気、という領域に収まっている。でもその領域というのも、実はなんとなくそのあたりで合意が形成されているだけなのではないかな、と。たまたま、ある一定量の記憶力の人が多いからなんとなくそこで繋がることになっているだけで、みんなの記憶が短ければ、それはそれで暮らしていけるでしょうし、逆に、すごく記憶力の良い人からすると、世の中の人はどうしてこんなにいい加減なんだろう、と見えていることもあるでしょう。そういうことはいつも気になっていますね。
─「イグノラムス・イグノラビムス」のセンチマーニは、“わたし”に「現時点を境目とした未来と過去に対する情報の不均衡が存在する」ことに驚きます。過去と現在、未来が交錯することが円城さんの作品の特徴の一つであると思っていますが、円城さんご自身の時間(過去、現在、未来)の感覚をお伺いできますでしょうか。
もちろん実感はあるのですが、過去や未来というのはよくわからないものですよね。僕がもともと研究していた物理学の世界では、時間はよくわからないものだから非常に揉める話題なんです。「時間の方向って何?」という数百年続いている議論もあります。僕はずっとそれを意識していて、今でも主に物理学の時間感覚で小説を書いています。
─それはどんな議論なんでしょう。
何を議論対象にするかなんですけど、例えば、原子一個の挙動を記述する方程式は、時間反転しても形が変わりません。だから、実際には不可能ですが、飛んでいる原子一個を映像で撮影することができたとして、その映像は、純回ししても逆回ししても区別がつかないはずなんです。そうすると、一個の原子にとっては、過去と未来は存在しないということになります。けれども、例えば、花瓶が割れたところを映像に撮って逆回しすれば明らかにわかりますよね。そこでは時間の向きが存在するように感じられる。でも、花瓶は原子で構成されていて、その原子一個一個では区別がつかない。じゃあ何個からわかるようになるんだというと、よくわからないんです。これには長い長い議論があります。
─原子が何個以上になったら区別できるようになるというわけではないのですね。
どこかで突然区別できるようになるわけではなくて、だんだんそういう傾向が出てくるということです。ただ、原子の数が増えて花瓶になったからといって、方程式は何も変わっていません。原子一個だと時間の方向性はなくて、多くなると存在するらしい。だけど、方程式では時間反転しても同じだから……「あれ?」と。
これはうまく説明できないんですね。でもなんか変だなという感覚だけはありますよね。昔の職業柄、僕の時間感覚はそういう「あれ?」と思うものがメインですね。
─「(Atlas)³ 」は、“視点”が描かれているお話だと思います。円城さんご自身はどのような視点で物語を書いていらっしゃるのでしょうか。
僕は、一人称以外は基本的にすごく苦手で、いわゆる神の視点だと自分が何をしているのかわからなくなってしまうんです。ただ、それが自分の弱点だと自覚しているのでなんとかしたいなと思っています。形式的に小説を書こうというのも、形式的にやれば視点がどうでもよくなるからという理由もあるんです。
以前、ある映画の中で、色々な角度から繰り返し映される場面を観て、「絶対視点同士で矛盾しているよね。」ということがストンと腑に落ちました。その映画は何度も撮影しているから同じ場面でも矛盾が出てきて、再構成すると実は一つの場面にはならないんです。でも、僕らはそれが映画だと知っているから勝手に自分の中で組み立てて一貫したものだと認識している。けれど、高い認識能力を持っている人だと、「あれ、違う日の話?」と混乱してしまって観られないと思います。だから、平均的な人間程度の思考と記憶と空間の認識能力でなければ、違う風に見えてしまうのではないかと腑に落ちて、同じ場面をバラバラに書いてみたら楽しいのではないかと作ったのが「(Atlas)³ 」です。
─同じ場面なはずなのに、カメラによって映っているものが違うという。
僕はそういう間違い探しのようなことは全然わからなくて苦手なんですが、指摘されてわかったときに、「やっぱり人間っていい加減なんだな。」と思うことを繰り返しています。だから小説の視点も、考えているのが自分だと思うと一人称視点で書くしかないのですが、カメラだと思えばいいのでは、と最近ゆるく思うようになりました。色々なカメラで撮ったカットを編集して、なぜか一つの時間として構成してしまう、というように。絵画のキュビズムと同じことです。キュビズムもあちこちのカメラ、視点から一枚の絵を構成していますよね。
文章もきっと、淡々と読むと無茶苦茶だと思うんです。その場面がいつの時間なのかもわからないし、行間で一日飛んでいるかもしれないし。でも、実際にはそんなこと関係なく読めてしまっているので、実は一人称はそれほど強固なものではないという感覚に最近なっていますね。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。先行作品を題材に、新しい作品を書くことについて、円城さんのお考えを教えてください。
ゼロから全て自分で作ってしまうのが理想だとは思っているのですが、なかなか難しいですね。やっぱり、残っているお話は、強いお話だから残っているわけですから、それに負けないようにすることと、大事に使いすぎないことだと思います。
─大事に使いすぎないこととは?
元々がこういうお話だから、というのに従うと、それが持っている力に負けてしまいます。だから、別の使い方を見つけて、元々の一バリエーションとして捉えられるのではなくて、それを使って同じくらい残るものを作るという気持ちでいくのがいいと思うんです。時代が経つうちに、自分が作った方がオリジナルで、元々の方が模倣だと勘違いされるくらいに。新しく出たものを本物だと思っている若い人なんてよくいますよね。それくらいできるといいと思います。
─円城さんご自身は、先行作品を意識されることはありますか?
僕の作品はよく、「前衛的」だと言われるのですけど、そういう意味では先行作品を踏まえて書いています。「知っていてやっているんだろうか。」と疑っている人もいますが、知っていてやっているので心配要りません(笑)。大枠で同じことをやっていたとしても、違う。リサーチはしています。前衛は、メジャーにならなかったのでいつまでも前衛と言われているだけなので、僕はそれをメジャーにしよう思っているんです。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
「ちゃんと暮らすこと」ということしかないですね。たとえば、今稼いでいるお金の二倍を小説で稼げるようにならないと仕事辞めちゃ駄目、とか。いきなり小説だけで暮らしていこうとすると死んでしまいますから(笑)。本当に体力勝負で、怪我や病気をしたら書けないですし、ある程度の枚数というのはある程度の時間を確保しないと書けない。大事なのは、生活の管理です。
─なるほど。
あとはどうしても、「売れる、売れない」というところに目が行きがちですが、それよりも、「残る、残らない」を考えた方がいいでしょうね。どれだけ自分が言いたいことあったとしても、みんなそんなに他人の話なんて聞きたくないですからね。そのなかで残るというのは、本当に大変なことなので、そこは考えた方がいいと思います。
─残る作品と売れる作品の違いはどんなところにあるのでしょうか。
売れても残らない小説はたくさんあります。ですから、職業として選ぶか、芸術として選ぶか、その両方をとるか、バランスで考えた方がいいですね。仕事として書くのであれば、食べていけるかどうか考えるべきだし、芸術家として極めることを目指すのであれば、養ってくれる人を見つけた方がいいでしょうし(笑)。そういうことはちゃんと考えた方がいいと思います。
─ありがとうございました。
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