『首なし姫は川を下る』伊藤なむあひ(『人魚姫』)
ツイート 首なし姫を見た。 その噂が広まったのは、短い春休みが終わって、新学期が始まって、あとはそう、僕の姉が事故で死んだということが各教室の朝礼で伝えられてからだった。 首なし姫はこの高校からすぐ近くにあるアヤメ […]
『白昼カワイイ』柿沼雅美(『白昼夢』)
ツイート 教室にはじんわりと日溜まりが広がっています。 友達は私のことをごく普通の子、と言うでしょう。 私がいつか警察かマスコミに捕まって、見慣れた制服の子たちが数人立ったまま首元だけテレビカメラにさらされて、大人 […]
『白雪姫前夜』伊藤なむあひ(『白雪姫』)
ツイート 1、 その看板には『世界の真理を追求する芸術家の集い』と書いてあった。 2、 話を少し前に戻そう。 男は車を運転していた。 […]
『人魚』末永政和(『月とあざらし』小川未明)
ツイート 北方の海に浮かぶ氷山の上に、一人の人魚の姿があった。寒い冬のことであった。空は灰色に染まり、海は銀の波を頻りにぶつからせていた。 夏の終わり頃から、人魚はここに座り続けているのであった。険しくとがった氷山の […]
『桜の木の下には』藤野(『桜の樹の下には』)
ツイート いつものカフェがめずらしく混んでいた。しばらくうろうろした後、こんなところにあったのかという小さな喫茶店を見つけた。入り口は蔦で覆われて中の様子はほとんど見えない。かろうじてドアに掛けられた「営業中」の文字は […]
『メリーさんの涙』桝田耕司(『メリーさん、口裂け女』)
ツイート 「もしもし。わたし、メリーさん。いま、コンビニの角にいるの」 「えっ? マジで? ごめん、いま、羽田空港。仕事が終わるまで、しばらく家には帰れないよ」 メリーさんはスマホをポケットに入れて、財布を確認しました […]
『怪物』和織(『フランケンシュタイン』)
ツイート 「あなた、何て馬鹿なことをしたの」 孝雄さんの友人だという彼女は、僕を見てそう言った。基本的に来客には孝雄さんの指示で僕が答えるが、そのとき彼は一階にある作業場で自らチャイムに答え、その人を出迎えた。だから彼 […]
『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)
ツイート 「七匹の子ヤギの末っ子は時計の中にかくれてぶじでした」 何度も読み返した絵本の、その部分があたしは一番怖かった。だって子ヤギはにいさんや、ねえさんがオオカミに追いかけられ、捕らえられ、食べてられてしまう気配を […]
『パノプティコン』末永政和(『シャロットの姫』テニスン)
ツイート 地平の果てまで続く大麦やライ麦の畑を貫くように、一本の川が流れていた。川岸では柳やポプラが吹く風に揺れていた。漣立ちながら水は流れ、やがて多塔の城へとたどり着く。灰色の城壁を振り仰いでも、塔の頂は見えぬ。城の […]
『ごめんなさいね』吉倉妙(『マッチ売りの少女』)
ツイート こんな問題を見たことがあります。 冬の深夜に公園を通行中、泥酔して公園のベンチで寝込んでいる人を見かけ、放置しておけば寒さのため凍死すると思いつつ、何らの措置をとらないまま立ち去ったところ、同人が翌朝凍死し […]
『Okiku_Dool』植木天洋(『お菊人形』)
ツイート 目の裏に焼き付いてはなれない映像がある。雑多な小物のなかに一体だけ寝かされている小さな日本人形。合羽橋にあるお気に入りの骨董屋での出会いだったが、普段特に人形など興味はなく、幼い頃から怖いと思って避けていた私 […]
『桃太郎外伝 なよ竹のかぐや姫』長月竜胆(『桃太郎』『竹取物語』)
ツイート 少しばかり前のことだ。桃から生まれたという一人の青年が、人々を苦しめる悪鬼を退治し、一躍英雄としてその名を世に知らしめたのは。青年は鬼のもとから宝を持ち帰り、鬼に苦しめられてきた村の人々にもそれを分け与えた。 […]
『Boxes 』吉田大介(『浦島太郎』)
ツイート 圭太が会計を済ませると、ママがコートを持ってきて着せてくれた。12月、銀座の街はクリスマスムード一色で、こうして一人でクラブに飲みに来る圭太は35歳としてはかなり淋しい身だ。銀座のクラブといっても決して高級な […]
『8月の部屋』日根野通(『2月の部屋』)
ツイート 夏の名残りの湿った空気が、まとわりつくように彼の思考をまどろませる。 机に置かれた書類の束は、一向に片付く様子をみせない。 暦は九月も半ばに入り、木々と日差しの陰影が少しずつ薄まって、秋の気配が所どころに […]
『咳をしたなら』室市雅則(『咳をしても一人』尾崎放哉)
ツイート 冬。 柳田は仕事を終え、駅から家に向かって歩いている。 最寄りの駅から徒歩十五分ほどにある賃貸マンション。 マンションの全体を見渡せる位置から八階を見る。 柳田の自宅。 明かりは灯っていない。 駅 […]
『モモ、傍にいる』木江恭(『桃太郎』)
ツイート 暗い部屋で、テレビの画面だけがちかちかと光を放っている。 ライカは膝の上で突っ伏しているエンの頭を撫でる。さっきまで低く唸りながら愚図っていた弟はとうとう眠気に負けたのか、今は柔らかい鼻をライカの膝小僧に押 […]
『カラスの真実』長月竜胆(『小ガラスと大ガラス』)
ツイート 街道沿いに立ち並ぶ大きな木の一本に、一羽のカラスがとまっていた。カラスは自分のことが大好きである。今日も自慢の羽をくちばしで器用に整えると、ご機嫌に「カァーッ」と歌う。 ちょうどその時、カラスの真下を通りか […]
『Cinderella shoes』植木天洋(『シンデレラ』)
ツイート はじめて行くファッションビルは好きだ。何もかもが新しくて、店舗のスタッフも初々しくて、やる気に満ちている。 新品のペンキや什器の匂い好きだ。 〈できたて〉という感じがするからだ。 目新しいショップが並ん […]
『ある日』辷(『もりのくまさん』)
ツイート ある日、森の中、くまさんに出会った。 森の中ではなかったが、私もあの日、くまさんに出会った。 それは雨の日だった。霧のような細かい雨の中、その人は笑っていた。 「こっちに来ちゃだめよ」 初めは、何を言っ […]
『白い部屋』柿沼雅美(『赤い部屋』)
ツイート 異常な興奮を求めて集った、僕を含めて7人の普通の男たちが、わざわざ今日のために準備された白い部屋の、シルクのかけられた深い肘掛け椅子に凭れこんで、今晩の映像が何か快楽的な物語を映し出すのを、今か今かと待ち構え […]
『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)
ツイート まったくなにやってんだ ここ数ヶ月家賃の滞納を続ける俺に、大家のババアが「払わんのなら早よ出てけ」と、うるさく言う。「こんなオンボロアパートに住んでやってるだけでも有難く思いやがれ、クソババア」とはさすがに […]
『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)
ツイート 両側を山並みに囲まれた盆地の小国リークハウゼンでは過去、一人の愚かな王によって国民のおよそ九割にあたる人々が虐殺され、壊滅的な状態と化した。残る一割の人の手によって革命が成され、時の王はその玉座から引きずりお […]
『戻らない船』和織(『クサンチス』)
ツイート 妄想というものは一瞬にして人の心を鋭利にするのだなと、妻を叩いた夫を見て私は思った。妻を叩くようなことになるくらいなら、私と同じように、ちゃんと閉じ込めておけばよかったのだ。でも彼はそうはしなかった。いつでも […]
『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)
ツイート 僕は彼女を待っています。 国道の交差点で昨日出会った彼女を待っています。 今は午後の六時半過ぎで、まだ空に明るさが残っています。 とはいえ、九月下旬ともなると真夏の暑さもかなり和らぎ、日照時間も着実と短 […]
『羅刹の子宮』柘榴木昴(『羅生門』)
ツイート 一度でも死の淵を覗いたことのある人間というものは、妙な落ち着きというか、諦観めいた余裕が現れてくる。余裕は予断をかきけして未来や良心に蓋をする。殺されかけて殺しかけて、殺した者をやはり殺そうとしているこの進行 […]
『いちょうの実』菊野琴子(『いちょうの実』宮沢賢治)
ツイート 庭がある、と思った。 無花果(いちじく)や、檸檬(れもん)や、林檎(りんご)や、枇杷(びわ)。美しいだけではなく、美味なる実を結ぶ木。 三色(さんしき)菫(すみれ)や、白(しろ)詰(つめ)草(くさ)や、蒲 […]
『ぽんぽこ、ぽんぽこ』多田正太郎(『童謡・証城寺の狸囃子』『松山騒動八百八狸物語』など)
ツイート てえぱだの事態だ! まなぐちゃぐちゃだ! たいけったい事態や! てげな事態だ! おおごとな事態だ! 分からん!! たかが。 たいへんな事態だ! たつた、このことを。 このことを、だぞ。 言いたい。 それなのに。 […]
『MP0でも使える魔法』にぽっくめいきんぐ(『シンデレラ』)
ツイート シンデレラを助けたフェアリー・ゴッドマザー。 彼女の魔法は、MP(マジック・ポイント)制だった。 「行ってくるわ! ありがとう」 「魔法は0時には解けるから、気をつけるんだよ」 かぼちゃの馬車を見送った、 […]
『兎田俊介の謀』広都悠里(『ウサギとカメ』『カチカチ山』)
ツイート じっとり熱い部屋の中で亀山啓吾はむうと口を結んだまま座り天井の一点を見つめていた。 狭い部屋の中、ストーブの炎に照らされて、てらてら顔が赤い。 「見ておれ、兎田俊介」 天井の木目を睨み、そう言ったかとおも […]
『T-box』吉田大介(『浦島太郎』)
ツイート それでもいいと思って太郎はその箱を開けた。砂浜には他に誰もいない。秋の夜、満天の星空、潮の匂い。両手でそっとかかえられるほどの、大時代的な螺鈿模様が施された箱のふたを持ち上げると、光の粒が無数にちりばめられた […]