小説

『T-box』吉田大介(『浦島太郎』)

ツギクルバナー

 それでもいいと思って太郎はその箱を開けた。砂浜には他に誰もいない。秋の夜、満天の星空、潮の匂い。両手でそっとかかえられるほどの、大時代的な螺鈿模様が施された箱のふたを持ち上げると、光の粒が無数にちりばめられた明るい泥がこぼれ出て、しゃがんでいる彼に向かって流れだした。やがて泥は水煙となって立ちこめ、蛍の群れのような白い光の渦を描き、彼の身体を静かに包み込んだ。

 上からのまぶしい光に照らされ、太郎は自分の腕が異様に筋肉質になっていることに気付く。指も太い。誰だこれ。俺か。脚も何だこれ、ムキムキじゃねえか。ここ、浜じゃねぇし!
 ダダダダダッ・・・前方から足音、金髪のごつい男が長髪をなびかせラリアートの構えで襲ってくる。ややや、プロレスのリングだ、ここは!意味わかんねえ、と焦りつつも、太郎の図太い右腕はにわかに手刀の構えとなり、しゃがんだ体勢を起こしながら、ズバキッ!相手の腹にチョップが決まったーっ!相手は口から血をたらしながらも立ち上がる。こっちもわけがわからずめまいがするよ、と太郎、思うか思わないかのうちに、自然、後方のロープへ走り、跳ね返ったところで、ローリングソバットの体勢、ようやく中腰まで体勢を立て直した相手のあごに容赦なくかかとを振り込んだ。
「なんだおい、革の長靴を履いてるぞオレ。相手、死んじゃうぞコレ」
 声に出さず思い、呆然と立ちつくす太郎。相手は口をゆがめ、苦悶、うつぶせ。
 ワーッ、ワーッと物凄い歓声に包まれている!四方八方、人、人、人。どういう造りなのか相当の高さのひな壇がしつらえてあり、上のほうまで老、若、男、女。大勢が座ってこっちを、自分と、倒れている男とを見ている。
「U・RASHI・MA!U・RASHI・MA!」
 すごい声援だ!ウラシマって誰?あ、俺のこと?と気付きながらも、太郎は観衆がコールするウラシマの「ラ」がR発音で巻いているのが気になって仕方がない。「うゥ、ぅラしゅまっ!」って感じだ。
 なんや知らん、突然の状況に首をかしげながらも、応援されている嬉しさを自覚しており、太郎は右腕を高々と挙げ、「オー!」と観客に応えた。おお、若い女も見ているではないか。
 とたん、復活した相手に足をすくわれ、倒されてしまう。仰向け。たくさんの照明がまぶしい。見上げると金髪の男は南蛮人だ。黄色のパンツ一丁、裸で、肌がちょっと紅い。表情は逆光でよく見えない。「ガオーッ」と獣の口と化した男はマットの反動を使ってジャンプ、全体重を乗せたヘッドバットを落としてくるぞーっ、あーっと、仰向けのまま瞬時に繰り出した太郎の右の正拳突きが相手の顔面の真芯に入ったあ!

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