小説

『いちょうの実』菊野琴子(『いちょうの実』宮沢賢治)

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 庭がある、と思った。
 無花果(いちじく)や、檸檬(れもん)や、林檎(りんご)や、枇杷(びわ)。美しいだけではなく、美味なる実を結ぶ木。
 三色(さんしき)菫(すみれ)や、白(しろ)詰(つめ)草(くさ)や、蒲公英(たんぽぽ)や、薄荷(はっか)。美しいだけではなく、たくましく役に立つ草花。
「おや、坊っちゃんはここにするのですか」
 面白半分についてきた鴉が、けらけらと話しかけてくる。
「うるさいな。どうしてぼくにだけついてくるんだ」
「それは決まっているでしょう。坊っちゃんが一番賢くて、形が良くて、いけすかないからですよ。うまくいくかわからない旅路の様子を暇つぶしに見るには適した対象だと思いましてね」
「ああもう。ふゆかいだ」
「それで、どうするんです? 見たところ、人間が作った庭みたいだが、なんだかごちゃごちゃとした場所ですねぇ」
「へえ。おまえ、庭のよしあしがわかるの」
「鴉にもよしあしがありましてね。私は、よし、の方の鴉ですから、こういうものの評価ぐらい出来て当たり前です」
「なるほど。一番賢くて、形が良くて、いけすかない鴉ってわけだ」
 鴉をだまらせてから、もう一度その庭を見おろす。
 確かに、ごちゃごちゃしている、と言えなくもない。「こういうものがあったらいいな」というものを手当たり次第集めて、片っ端から植えたようで、あかぬけない感じがする。
 それでも、そんなことなんか思いもしないといった顔で、皆きらきらと枝や葉や花をひろげていた。
「――――うん。
ここにする」
 そう呟くと、北風さんは目だけで笑った。
 そのつめたいガラスのマントが、ひるがえる。
「おいおい坊っちゃん! 私に何の相談もなしに!」
 落ちるぼくを、いけすかない鴉があわてて追ってきた。
 耳元の風がふるえる。
「良い旅を」
 北風さんの声だった。ぼくらがうまれて、育って、まるまると顔を出して、みんなでおっかさんの身体にまとわりついていたときから、「今年もいい子らが育ったなぁ」と可愛がってくれた。ぼくらは何度も何度も甘えては、ゆらゆらと揺らしてもらって笑い転げたものだった。

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