小説

『首なし姫は川を下る』伊藤なむあひ(『人魚姫』)

ツギクルバナー

 首なし姫を見た。
 その噂が広まったのは、短い春休みが終わって、新学期が始まって、あとはそう、僕の姉が事故で死んだということが各教室の朝礼で伝えられてからだった。

 首なし姫はこの高校からすぐ近くにあるアヤメ川公園に現れるらしい。
 アヤメ川公園は林を流れる細長い川に沿って作られた全長1㎞ちょっとの遊歩道じみた公園で、いつも日の光が当たらず薄暗く、葉も土も空気も湿っている。その為、平日はおろか土日さえも幼稚園や小学校の行事等でしか人が訪れない場所だった。つまりはこういった噂話の舞台にはうってつけだったのだろう。噂はすぐに校内に広まり、首なし姫のエピソードは瞬く間に追加されていった。
 曰く、純白のドレスを身に纏い、無くした首を求め下流から上流へとさまよっている。
 曰く、夜になると無い首が痛み、激痛にのたうち回っている。
 曰く、首を切った相手に復讐すべく、鋸を手に公園内のどこかの木の陰に隠れている。
「という訳なんだけど、こんなに簡単に会えるとは思わなかったよ」
 首なし姫は喋れない。
『しっかしひどい言われようね。ていうかわたしからすれば、そんな怪しい噂を聞いてすぐに会いに来るあんたになにより驚くわ』
 なので、代わりにスマホが振動した。
『あんたもLINE使ってよ。アプリ入れてるくらいなんだから使えるでしょ』
「LINEっていうかフリック入力苦手なんだよ。ダウンロードして以来使ってない。自分の親指を信用できないんだ。ってこれ、前も言わなかったっけ」
 僕が答えている間にも姉はどんどん文字を生産していく。
『聞いたことに対して文字を打つのってすっごいストレス』
『何それ、聞いた覚えがないわ』
『聞いても覚えてなさそうだけど』
『そうだ、あんた充電器持ってない?わたしのスマホ残り何パーセント?』
『あーもう。シュークリーム食べたい気がしてきた』
 ぽんぽん飛んでくる姉からのメッセージの後半は無視する。
「そもそも怪しい噂って。自分のことでしょ」
『む』

1 2 3 4 5 6 7