トンミ・キンヌネン(Kinnunen,Tommi)
1973年、フィンランド北東部クーサモに生まれる。トゥルク大学卒業後、教師として十代の若者に国語と文学を教える一方、舞台の脚本も手がける。デビュー作となる『四人の交差点』はベストセラーランキングで13週連続第1位となり、ヌオリ・アレクシス賞、キートス・キルヤスタ賞など多数の賞を受賞。すでに16か国で翻訳出版が決まり、舞台化もされている。2016年、二作目の長篇Lopottiを発表。2016年9月現在、家族とともに南西部の都市トゥルクに住む。
『四人の交差点』 トンミ・キンヌネン 著 / 古市真由美 訳(新潮社 2016年9月30日)
助産師として強く生きた祖母。写真技師だった奔放な母。子供好きで物づくりに長け、若くして亡くなった父。それぞれの声で語られる喜びと痛みの記憶は、結末でやがて一つの像を結び、ある秘密を照らし出す。北国の歴史と一家の営みが豊かに響きあう、百年の物語。フィンランドでベストセラーとなった「家」をめぐる傑作長篇。
─作品のお話の前にまずは、フィンランドの読書事情をお伺いしたいと思います。キンヌネンさんは、フィンランドの学校で若者に文学と国語(フィンランド語)を教えていると伺いました。日本では、“活字離れ”が叫ばれて久しいですが、フィンランドではいかがでしょうか。
フィンランドも日本と同じ状況で、若い人たちが活字に触れる機会がどんどん減っています。「若者に読書を」という国家的なキャンペーンが行われていたりもするのですが、やはりSNSの影響が大きい。あれほどまでに時間をとられてしまうと本を読む時間はなかなかとれないでしょう。私自身の仕事からするととても残念なことです。
─ええ。
若い世代の「読書をしている人」と「本に全く触れない人」の語彙数を比較した最近の調査によると、たしか、前者が8万語だったのに対して、後者は1万5千語くらいだったと記憶しています。話すことも書くことも考えることも言葉で形成されている以上、言葉を知らなければ人生が単純化されてしまう。新しいアイデアだって生まれてこないのではないかと心配です。
─日本だと、比較的読みやすい本は流行っています。
難しい、易しいに関わらず、まず、読むという行為が一番重要です。読みやすい本だからといって決して悪いわけではありません。ただ、個人的には読みやすい本はあまり好きではないです。というのも、僕は考えることが好きなので。自分にとっては、何かを読んでいて、「なんなんだろう」「わからない」と感じるのはいい兆候です。それは、自身の頭で考えなければいけないということですから。作家である前に一人の教師として、僕は、読者が一度立ち止まって考えてもらえるような小説を書きたいと思っています。
─『四人の交差点』はとても味わい深く、考えさせられる作品でした。この物語では、家が重要なモチーフとなっていますね。
どういう風に言ったらいいか難しいですけど、僕はやっぱり家や家を作るという行為自体が好きなんです。たとえば、僕が子供の頃、家族みんなで住んでいた家には、今は年老いた母が一人で暮らしています。その家が、いつか誰かに売られたり、いずれ取り壊しになる未来を考えるとすごく辛い。だから、自分自身が生まれたその家を小説で書きたかったという気持ちはありました。
─主人公の一人、オンニは自分自身で家を建てていましたけど、キンヌネンさんご自身も大工さんのように家を建てたことがあるのですか?
フィンランドでは第二次世界大戦後、「男たるや自分で家を建てろ」という風潮がありましたが、僕自身は家を一から自分で建てた経験はありません。ただ、10年ほど前に田舎の小さな家を中古で買ったとき、コンディションがひどかったので自分たちで改装しました。最初、自分にはそういうことができるとは思っていなかったので、実際に作業が終わった後は、自分自身に対する見方に何か少し変化があったような気がします。
─その経験はこの小説を書くにあたって影響しましたか?
ありましたね。五千枚の屋根板に釘を打ち込み続けるという行為はあまりに機械的なので、作業中は何か考えるということをやめるんです。流れに身を任せるというか、時間の感覚がなくなって周りも見えなくなる。小説で、オンニが新しく家を建てるときに、意識から周りが全部消えていくという描写がありますけど、あれはそういう実体験をもとにしています。
─なるほど。
そして、周りが消えると、自分の気持ちだけが何処かに飛んでいきます。意識が浮遊していく。そうすると、「前にこの家に住んでいた人たちってどんな人たちだったんだろう」とか「その人たちはどんな人生を送ったんだろう」といった想像が生まれてきます。しかも、それは一家族だけでなく、前の前の家族、そのさらに前の家族といったように膨らんでいく。そうやって、家や部屋に溢れるストーリーを空想したことが、この物語に影響しているのかもしれません。
─作品では、四人の主人公の視点でおよそ100年の物語が語られていきます。
もともと100年という年月を書くつもりはなかったんです。もっというと、そもそも小説を書くつもりさえありませんでした。たまたま、ショートストーリーの創作コースを受講することになって、そこで書いた登場人物がどんどん繋がっていったという。こっちの短編のこの人と、あっちの短編のこの人が夫婦になったり、こっちの登場人物とあっちの登場人物が義理の親子になったり。100年の年月の流れになったのは偶然です。
─ショートストーリーの講座で書いた最初のストーリーは実際に『四人の交差点』に使われていますか?
使っています。物語の冒頭、年老いたラハヤが病床で苦しみながら死を迎えるという場面が最初に書いたショートストーリーでした。
─主人公の助産師マリアとその娘で写真技師のラハヤはどちらも非常に強い女性でした。
フィンランドには、「強くなろうとする病に罹る」といった意味の格言があります。助産師のマリアはまさしくそういう人物で、強くありたい、自立した女性でありたいという気持ちがあまりにも強すぎて孤独になってしまう。ただ、ときに、困難を誰かと共有できたり、アドバイスをしてくれる人がいてくれたらよかったのにと思う瞬間もあるんですよね。
そのマリアの娘であるラハヤは、母親と正反対のことをやりたがる人物です。母親とは違う道を歩もうとする。母親が持っていなかったものを手に入れようとするし、その逆もしかりです。
─ええ。
ただ、ラハヤのことを考えるときに僕自身が強く感じるのは、ラハヤの人生は、本当に彼女自身によって選び取られたものなのかという疑問です。つまり、果たして人間の行動は、本当に自分たちの自由意志による選択の結果なのかという。僕は、実は自分で選択するよりもっとずっと前に決められていたことなのではないかと感じることがあります。たとえば、アルコール依存症の親を持つ子供が大人になって全くお酒に手をつけなかったり、逆に、厳格な親のもとで育てられた子供がアルコール依存症になるということがあると、お酒を飲む飲まないの選択は、当人が決めるずっと前に定まっていたんじゃないかと思ったり。水辺に石を投げ込むと水紋が広がりますが、あれは、自分が石を投げたという行為の結果なのか、その前から石が存在していたことの結果なのか。何がそのきっかけだったのかという答えは簡単ではないですよね。
─それは運命に近い意味ですか?
そういうことなんですけど、でも、そうではないと信じたいです(笑)。私たちは自分の意思で人生を選択できるんだって。
─「誰の重荷も分かち合われることはなく、問題があると口に出されることすらない以上、解決策を探すこともできはしない」というオンニの言葉がありましたが、解決策のない問題や秘密を一人で背負いながらも生きていく人々の姿に人間の強さを感じました。
この本の登場人物たちは、自分自身の人生について不満をあまり言いません。僕は、それがすごく気に入っているんです。自分たちに降りかかるものをそのまま受け入れるという姿勢が。人生は常に喜びと笑いで満たされているわけではありません。悲惨なことだって人生の一部です。彼女たちはみんなそれがわかっている。最近はそういうことを忘れて、人生は全部楽しくて笑いに溢れているべきだと考えている人が多いような気がしますが、人生には涙だってあるんです。
─ありがとうございました。
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