梨木香歩(ナシキ・カホ)
1959年生れ。著書に『西の魔女が死んだ』『丹生都比売』『エンジェル エンジェル エンジェル』『裏庭』『りかさん』『からくりからくさ』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『雪と珊瑚と』『冬虫夏草』『海うそ』『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』等がある。
『丹生都比売 梨木香歩作品集』(新潮社)
胸奥の深い森へと還って行く。見失っていた自分に立ち返るために……。
蘇りの水と水銀を司る神霊に守られて吉野の地に生きる草壁皇子の物語――歴史に材をとった中篇「丹生都比売」と、「月と潮騒」「トウネンの耳」「カコの話」「本棚にならぶ」「旅行鞄のなかから」「コート」「夏の朝」「ハクガン異聞」、1994年から2011年の8篇の作品を収録する、初めての作品集。しずかに澄みわたる、梨木香歩の小説世界。
─新刊『丹生都比売』の出版おめでとうございます。どの作品もとても素敵でした。あとがきで、収録された作品群について、“ひとはみな、それぞれの生の寂しみを引き受けて生きていく、という蔓なのだろうと思う。”とおっしゃっているように、それぞれの小説で人間の孤独が描かれています。一方で、寂しさとともに、人の温もりがじんわりと感じられる作品でもありました。それは、表裏一体なのだと思います。梨木さんが考える生の寂しさ、そして温もりについてお伺いできますでしょうか。
新刊、丁寧にお読みいただきありがとうございます。
私たち、いっせいにこの世に現れて、まったく同じことを体験し、同じように考え、いっせいに死んでいく、というのならいいのですが、そうではなく、ばらばらに、いつのまにか一人ひとり生まれてきて、そして歯が抜けるように一人ひとり去っていく。コミュニケーションをとったつもりでも、結局ほんとうには何も伝わっていないのかもしれない。動物って、本来寂しい生きもの。植物と違い、自由意志でいろんな世界に飛び込んでいけるけれど、一人ひとり、だれとも分かち合えないそのひとの「一生」という劇を閉じて、この世から退場していかなければならない。そのことを、どう納得して死を迎えるか、というのが一生の大仕事だといってもいいくらいです。ただ、それぞれがやはり同じ大仕事を抱えて隣で生きている。そこで互いの孤独を思いやれる一瞬が発生したら、それはやはり、誤解であっても「温かい」ものであろうとおもいます。
─『丹生都比売』は短編集ということで、収録されているもののなかにはわずか5ページの作品(『コート』)もあります。その短い中に、読後深い余韻をもたらしてくれる物語が紡がれていてとても素敵だと思いましたが、梨木さんがお考えになる短編の魅力について教えてください。
長編に比べて、圧倒的に情報量が限られるわけですから、世界を醸成するという点では不利なこともあるけれど、重要なことばやできごとが見過ごされたり読み飛ばされたりすることなくダイレクトに伝わるという利点もありますね。一筆書きの勢いの良さ、というような。
─今回の作品でも、梨木さんが描く“音”や“匂い”、“気配”が作品をより豊かなものにしていると感じました。梨木さんは普段の生活から音や匂い、空気感を意識されているのでしょうか。
年をとってきてから、ますますその傾向がつよくなったように思います。
─そんな梨木さんが最近、面白いと感じている出来事や本について教えてください。
山城むつみさんの『小林秀雄とその戦争の時』(新潮社)が、今、この時代に現れたこと。こういう論考が現れてこそ、歴史は繰り返すことの意味を持つのだと思いました。当時従軍記者として志願し現地へ赴いた小林秀雄は、何を「観察」して、いかにそこに存在しえたのか。非日常であったはずの「何か」が、いつのまにかするりとこちらの「日常」にやってくる。その刻一刻を意識下に引き寄せようとする知性のすさまじい「迫力」。短絡に反戦というのではない、すごいスピードで流れていくさまざまな事象の、また、人間そのものの奥深くで起こっていること、今、ここで起きつつあることの延長線上の話であり、当事者は私たちそれぞれ。
それから、詩人の斉藤倫さんの書いた詩のような物語、『どろぼうのどろぼん』(福音館書店)。「もの」の発する声が聞こえるどろぼうの話なのですが、最初に出てくる「自殺する花瓶」の話に思わず引き込まれ、そのまま一気に読み切ってしまいました。花瓶が、「ねえ、ころして」と声をかけるのです。この花瓶は結局自死するのですが。その後、どろぼんが自分の全存在かけて守ろうと思う、弱い小さないのちを、なんと、どろぼんをつかまえた警察官たちもそろって守ろうという気になる、そういう空気に(喜んで)巻き込まれていく……まったく無関係のような二冊の本ですが、実はどこかでーーsubtleな「何か」に一瞬一瞬の「相」を刻印され決定されていく世界のどこかでーーつながっている気がしてなりません(私にとっての「subtle」とは、微妙で捉え難く、世間の表舞台には出てこない繊細さのようなものです)。
そう、「刻印する」といえば、写真家の鷲尾和彦さんの新しい写真集「To the Sea」は、まるで、この加速する世界の錘りとなるような、時間の層をいくつもくぐりぬけて、「神話的な時間」を刻印するような写真集でした。見ている間、辺りを流れている時間が深くなっていることに気づきますよ。
─今年の8月から、私たちショートショートフィルムフェスティバルは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説を募る賞を新たに設立しました。梨木さんの作品では、『西の魔女が死んだ』が映画化、そしてラジオドラマ化もされています。
原作者として映画やラジオをご覧(お聴き)になっていかがでしたか。
また、その作品を、ご自身にとってどのようのものだと捉えていらっしゃいますか。
この三月の終り、『西の魔女が死んだ』のロケ地となった清里へ行ってきました。そのときはまだ舞台となった「おばあちゃんの家」が残っており、専任のスタッフの方にお話を聞くことができました。その後「家」は取り壊されてしまったわけですが、映画公開後、すぐに処分されてもおかしくないところを、六年あまりもみなに大切にされ、家も感無量だったことでしょう。全国から見学にいらしたという、一つ一つのエピソードを聞くにつけ、もう、映画が、というより、あの作品自体が、私個人から離れて、いろんな方とそれぞれ独自のコミュニケーションをとりながら、自分の道を歩み出していっているような気がします。
─「ブックショート」では、昔話や民話などをモチーフにしたオリジナル短編小説を公募します。
梨木さんの作品でも、今回の表題作『丹生都比売』では、「壬申の乱」(「草壁王子」「持統天皇」)、『夏の朝』では「親指姫」といった具体的なモチーフが登場します。そういった作品を書くきっかけやモチーフの選び方などについて教えてください。
生きて生活していると、いろんなものが眼前を流れていくでしょう。ことばであったり、映像であったり、そこから想起されるさまざまなできごとや物語のようなものも。そのなかから、頭で考えるのではなく、自分の心に強く訴えてくるものを選ぶ。そのときはその意味がわからなくても、いろいろな角度からそれと深くかかわっていく。そうすると、あとで、なぜ、これにそれほど引っかかったのか、わかるときがきます。ふいにきます。どういうしくみが働いているのか、よくわからないけれども、それは人生をおさめ、鎮めていく方法のひとつでもあるのでしょう。
─最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけましたら幸いです。
どうか、楽しんでください。自分がどんなかたちでも、楽しんでいると自覚できたら(我を忘れる一瞬があるかないか、というところがポイントです)、ほぼ成功です。
─ありがとうございました!
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
*インタビューリスト*
馳星周さん(2019.1.31)
本谷有希子さん(2018.9.27)
上野歩さん(2018.5.31)
住野よるさん(2018.3.9)
小山田浩子さん(2018.3.2)
磯﨑憲一郎さん(2017.11.15)
藤野可織さん(2017.11.14)
はあちゅうさん(2017.9.22)
鴻上尚史さん(2017.8.31)
古川真人さん(2017.8.23)
小林エリカさん(2017.6.29)
海猫沢めろんさん(2017.6.26)
折原みとさん(2017.4.14)
大前粟生さん(2017.3.25)
川上弘美さん(2017.3.15)
松浦寿輝さん(2017.3.3)
恩田陸さん(2017.2.27)
小川洋子さん(2017.1.21)
犬童一心さん(2016.12.19)
米澤穂信さん(2016.11.28)
芳川泰久さん(2016.11.8)
トンミ・キンヌネンさん(2016.10.21)
綿矢りささん(2016.10.6)
吉田修一さん(2016.9.29)
辻原登さん(2016.9.20)
崔実さん(2016.8.9)
松波太郎さん(2016.8.2)
山田詠美さん(2016.6.21)
中村文則さん(2016.6.14)
鹿島田真希さん(2016.6.7)
木下古栗さん(2016.5.16)
島本理生さん(2016.4.20)
平野啓一郎さん(2016.4.19)
滝口悠生さん(2016.3.18)
西加奈子さん(2016.2.10)
白石一文さん(2016.1.18)
重松清さん(2015.12.28)
青木淳悟さん(2015.12.21)
長嶋有さん(2015.12.4)
星野智幸さん(2015.10.28)
朝井リョウさん(2015.10.26)
堀江敏幸さん(2015.10.7)
穂村弘さん(2015.10.2)
青山七恵さん(2015.9.8)
円城塔さん(2015.9.3)
町田康さん(2015.8.24)
いしいしんじさん(2015.8.5)
三浦しをんさん(2015.8.4)
上田岳弘さん(2015.7.22)
角野栄子さん(2015.7.13)
片岡義男さん(2015.6.29)
辻村深月さん(2015.6.17)
小野正嗣さん(2015.6.8)
前田司郎さん(2015.5.27)
山崎ナオコーラさん(2015.5.18)
奥泉光さん(2015.4.22)
古川日出男さん(2015.4.20)
高橋源一郎さん(2015.4.10)
東直子さん(2015.4.7)
いしわたり淳治さん(2015.3.23)
森見登美彦さん(2015.3.14)
西川美和さん(2015.3.4)
最果タヒさん(2015.2.25)
岸本佐知子さん(2015.2.6)
森博嗣さん(2015.1.24)
柴崎友香さん(2015.1.8)
阿刀田高さん(2014.12.25)
池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
有川浩さん(2014.11.5)
川村元気さん(2014.10.29)
梨木香歩さん(2014.10.23)
吉田篤弘さん(2014.10.1)
冲方丁さん(2014.9.22)
今日マチ子さん(2014.9.7)
中島京子さん(2014.8.26)
湊かなえさん(2014.7.18)