青木淳悟
1979年埼玉県生まれ。2003年「四十日と四十夜のメルヘン」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2005年、同作を収めた作品集『四十日と四十夜のメルヘン』で野間文芸新人賞を受賞。2012年『私のいない高校』で三島由紀夫賞受賞。他の著書に『いい子は家で』『このあいだ東京でね』『男一代之改革』『匿名芸術家』がある。
『学校の近くの家』青木淳悟(新潮社 2015年12月22日)
正門から徒歩一分足らず。家の窓からは教室が、教室の窓からは家が見える――。
先生たちのキャラクター。男子と女子の攻防。隣の学区への小さな旅。PTAと子ども会。行事をめぐる一喜一憂。父との微妙な距離感。連続誘拐殺人事件の影。深まる母の謎――。小学生自身の視点で克明に立ち上がる、ノスタルジーも無垢も消失した、驚くべき世界像! 三島賞作家による、スーパーリアルな「小学生小説」。
─新刊『学校の近くの家』拝読させていただきました。『私のいない高校』(講談社 2011年)では高校生活を書いておられましたが、今回、「小学生の視点」で作品を書かれたきっかけを教えてください。
『私のいない高校』は、高校の先生の日記をもとにして書いた小説でした。そこで次は中学校の青春小説を、と考えていた頃、村田沙耶香さんの『マウス』(講談社 2008年)という作品を読んだんです。主人公である小学校高学年の少女が成長していく物語で、名作なんですけど、特に冒頭の教室内カーストのような人間模様の描写にとても感動し、影響されました。それで、自分も小学校を舞台に小説を書きたいなと。
─それで小学生だったんですね。『学校の近くの家』の主人公 一善は小学五年生です。
“五年生”の理由もよく聞かれます(笑)。それは、小学五年生は、自我が芽生えているかいないかの境目くらいで、かつ書く自由度が比較的高いから。小学六年生を書こうとすると、どうしても“卒業”という大きなイベントがメインになってしまうと思うんです。卒業式の練習や歌とか。そういうことを書きたい気持ちもあるのですが、今回は小学校の日常を書くために、小学五年生が主人公という設定の大枠を最初に考えました。
─小説には、小学低学年の頃の出来事も書かれていますね。
話自体は、小学五年生の一学期からあまり時間が進まないんですよね。ほとんどが過去の回想です。つまりこの小説は、「小学五年生が自分の過去を思い出す」という小説でもあります。しかも、「過去を思い出す時点がすでに過去で、過去の時点でさらに過去を思い出す」というような構造になっています。これは小説としての仕掛けですね。
─小学生が「過去を思い出していた過去を思い出す」という視点は面白かったです。物語の舞台は、青木さんの故郷である狭山市ですよね。
この作品では、地理的なものまで含めて故郷について書きたいという気持ちがありました。自分が暮らしていた学区内の風景をベタベタ書いていったら、読者にどのように読まれるのか興味があったんです。だって、その場所のことは、本当に一部の人間しか知らないですから。わざと、小説として少し過剰なくらい本当の狭山を書いてやろうと、熟知している実家の近所を書きました。
─学校の描写もすごく具体的でしたが、母校がモデルだったのですか。
初めは出身小学校をそのまま舞台にしようとしていました。でも、当時のクラスメートの顔と名前がどんどん思い浮かんできて、直接のモデルでもないのに「こんな風に使ってしまうと申し訳ない」というよくわからない心境に陥って悩んでしまい、全く書けなくて(笑)。だから、自分の母校の隣の学区にあった小学校を少しだけ移動させた場所に立地する学校、という微妙な距離感を設けたんです。学校名も架空のものにして。その設定でようやく書けるようになりました。
─主人公 一善は、青木さんご自身の小学校時代と重なるところはありますか。
少し内に籠った性格や変な妄想をしているところは近いものがあるので、半分は当時の自分自身がモデルと言っていいのかもしれません。ただ、小学校時代の特別なエピソードとか思い出とか、具体的な記憶がほとんどありませんでした。だから、本当に僅かな記憶をもとに書きながら思い出していって、あとは小学生的目線や発想を、自分が教室にいるようなイメージで想像しながら書いていきました。
─タイトルにあるように、主人公の家は学校のすぐ側にありましたが、青木さんのご実家もそうだったんですか。
いいえ。それは架空の設定で、僕自身は、通学路を10分程歩いて学校に通っていました。僕の小学校時代の友達に、学校のすぐ側に住んでいる子がいたんです。それがなんだかすごく不思議で、ぼんやりした思いですが、その不思議さが物語の一番の核になっています。それで、そこからいかに話を広げるかを毎回悩みながら書いていましたね。でも、自分で環境をデザインしつつ話を進めていくのは面白かったです。一善の家の隣がいつの間にか学童保育になってそこで母親が教えているというような、じわじわした変化も書き足したり(笑)。
─母親の高齢出産という“事件”も、主人公に影響を与えていたかと思います。
教室にいた一善が、先生の車に乗せられて産婦人科病院に行って、出産直後の母親と対面するというシーンを自分では気に入っています。家庭的なエピソードと学校内の日常がふとした瞬間にぶつかることの一環として一編目にこのエピソードを書きました。
─母親はとても謎な人物でしたね。
お母さんの登場シーンはセリフが中心で、少し狂気を感じますが(笑)、実際にそのセリフを言ったかどうかはぼかしてあるんです。“「」”ではなくて、“()”で囲っているので、実は全部妄想で本当はそんなことを言っていないとも解釈ができる。僕は、小説には異物感が必要だと思っているので、今回は、母親をすごく強大な力を持った人物にして、お母さん対学校みたいな構図を作りました。
─小説に異物感が必要というのはどういうことですか。
今回でいうと、普通の小学校の風景を書いているので、その日常自体はなかなか小説になりにくいんですよね。だから、そこから外れる特殊なことが小説を進める上では必要になってきます。必要悪というと言い過ぎですが(笑)、そういうものがないとおそらく小説にはならないと思うんです。だから、変なセリフを書いた時点で「あ、これ一応小説になった」と感じましたね。
─なるほど。一方、お母さんに比べると存在感が薄かったお父さんですが、“「光学三倍ズーム」のような真新しい関わり方をしてこようとは……”という場面はすごく笑えましたし、このお父さんは大丈夫なんだろうかとどきどきしました。
いつも薄い色のパジャマ姿で二階の窓辺に現れて、あるとき急に体育の授業を撮影するようになる場面ですね。その場面は、読者を不安にさせたいという意図もあったわけですけども、加えて、当時、ちょうどハンディカムのビデオカメラが普及してきていたので、アイテムであの頃の時代背景、時代の空気を取り込みたいという気持ちもありました。
─映画『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』(1991年公開)もありましたね。
時代の空気という意味で一番書きたかったのが、僕が小学校低学年の時に起きた宮崎勤の事件です。隣の市で誘拐された子がいたんです。子供心に衝撃的でしたし、何か突然生活圏の中に社会的事件が踏み込んでくるような感じでした。
それで今回は、そういう時代的な刻印をされているものを背景にしながら、故郷感のようなものも書きたかった。ただ、実際の舞台となる故郷と時代的なアイテムや出来事というのは、直接的には繋がらないんですよね。だから郷土史にも触れようと。狭山市でいうと西武線に一時間乗れば新宿や池袋に通じている普通の住宅街ですけど、調べてみるとどこかに町の古い歴史と繋がっていく裂け目が存在します。普通の郊外でありつつ、歴史の地層がしっかりとあって、そこに光学ズームや「ドラえもん」の映画など当時の生活史を彩っていたものがあるという構造にしたかったんです。
─一善たちは狭山市の歴史を調べていきますが、地域は違えど多くの小学校で同じような、「地元について知ろう」という趣旨の授業があるような気がしますね。
そういう授業は、全国で共通なのかもしれないですね。物語にも出てくる「社会科副読本」について図書館で調べてみたんですけど、埼玉では教育委員会が市ごとに1冊ずつ作っているようで、基本パターンは共通でした。最初に、学校の屋上から地域の景色を見てみようというところから始まって、農家や商店街で働く人に話を聞きに行ったり。基本パターンは同じでありつつ、内容は地域によってバラエティに富んでいるというのは不思議だなと思いましたね。
─狭山市育ちで無い読者も、自身の小学校時代を思い出すのではないかと思いました。
そうかもしれません。狭山市は、特徴がないというのが一つの特徴なので(笑)。そういえば、僕自身はこれまで作品で本当の意味でのローカルさというものと距離を置いてきたんだと思います。ローカルと小説はどこか親和性が高いので、土地を描くというタイプの小説は多いですが、僕はそこを避けてきたところもあります。地域性が薄まったなかでの郊外をそのまま書きたいという気持ちが強いんです。
─なるほど。普通の郊外の小学校を書いているから、狭山出身でなくとも共感できる部分が多いのかもしれませんね。
学校関係は共通体験なので安心していられるんですけど、一番気になっているのは、タイトルにもあるように学校から家が近いというだけで、主人公のようにあそこまで思い悩んだり、複雑な感情を持ちうるのかというところですかね。そこはどう読まれるのかわからないです。
─自分自身がそうでなくても、思い当たる同じ環境の同級生がいる人も多いのではないでしょうか。
それなんですよね。下校する時に正門を出て通学路を歩き始めたあたりに、なんか家があるな、というその不思議さ。それ自体も、もしかしたら共通体験なのかもしれないですね。
─そういう共通体験を読むことで懐かしさが込み上げてくる作品だと思いました。
大人になってからは、なかなか小学校時代のことを思い出すきっかけが無いでしょうからね。僕もこれを書かなければここまで色々と思い出さなかったです。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、青木さんのお考えを教えてください。
僕は常に、自分が書かなくても世の中には面白い先行作品が溢れているという気持ちでいるんです。自分の負けだ、降参だと思いながら(笑)。だから、先行作品をいかに取り込めるかという意識がいつもあります。ブックショートのような二次創作ではありませんが、「ワンス・アポン・ア・タイム」(『このあいだ東京でね』収録)という短編で新聞記事の二次創作に近い作品も書いています。新聞の縮尺版を一ヶ月分パラパラめくって、切り貼りしていくという短編です。一般的な作家像としては、自分の中を掘り下げて作品を書いていくというイメージがあるかと思うんですけど、僕は自分で書くよりも、どう切り貼りするかを考える方が面白いんですよね。それも、もともと純粋に興味があったものやテーマでなくて、急にそれにハマるようなケースばかり。それ自体を別に好きではないけれど、小説にすること前提で調べると面白かったりするというような。自分の頭の中という狭い範囲ではなくて、色々な形で外部との関わりを持ち、豊かな社会なり作品なりに触れるのは楽しみでもあります。それが今のところ作品になってくれているので(笑)、そういう考え方でも大丈夫かなと思っています。
─最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけますでしょうか。
自分自身も日々感じていますが、原稿用紙を前にして、「書けない」という思いを持つ人が多いと思います。でも僕は経験的に、書けないという感覚になった題材こそ、小説になる可能性があると考えています。だから、書けないからといって書かないでいては駄目なんですね。自分が書けないと思うようなテーマを逆に書く、自分とは縁の遠いものや知らないものをあえて書いてみる。僕はずっとそうやってきました。世の中にはアイデアやテーマが溢れていますから、是非、色々書いていただきたいと思います。
─ありがとうございました。
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