山崎ナオコーラ (やまざき・なおこーら)
1978年に、福岡県に生まれる。埼玉県で育ち、東京都在住。2004年に、会社員をしながら書いた「人のセックスを笑うな」が第41回文藝賞を受賞して、デビュー。著書に、『カツラ美容室別室』『指先からソーダ』『論理と感性は相反しない』『長い終わりが始まる』『この世は二人組ではできあがらない』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『太陽がもったいない』『ボーイミーツガールの極端なもの』などがある。
目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
『可愛い世の中』山崎ナオコーラ(講談社 2015/5/19)
芳香剤のメーカーで働く地味な会社員、豆子は、自身の結婚式を機に、金銭感覚が人生と共に変化していくことの面白さを発見する。決して「モテ」を追求することなく、社会人としての魅力をアップしていきたい。退職して、「香りのビジネス」を友人と起こそうと画策する。香水に、セクシーではなく、経済力という魅力を!
─新刊『可愛い世の中』拝読させていただきました。山崎さんの作品を手に取るたびに、まずタイトルが素敵だと感じます。今回の『可愛い世の中』というタイトルはどのように決められたのでしょうか。
私には社会派小説を書きたいという野心があり、「世の中」という大仰な言葉をタイトルに使ってみたいと思っていました。それで、今回フィーチャーしようとしたのはお金のことでしたが、お金の物語といっても他の作家の方が書かれているような大きな経済や金融システムのお話ではなくて、日常の中の金銭感覚や小さな気づきを掬っていくお話の方が私らしい仕事になるだろうと思ったんです。だから、そういう小さいところを書いていきますよ、という意味を込めて「可愛い」としました。
─物語には社会的立場の異なる四姉妹が登場します。主人公の豆子はその四姉妹の次女で、32歳、会社員。彼女のお金に対する考え方は、一歳年上でマッサージ屋の店員 鯛造との結婚や会社を辞め独立することで変化していきます。
誰しも歳を重ねると、結婚したり、子供が産まれたり、誰かが亡くなったり、仕事を変えたりして経済状況が変わることがあります。それによって、金銭感覚も変化していきますよね。そういう変化について、単に収入が多ければ良くて少なければ駄目とか、節約や収入を増やす努力をしなければいけないと考えるだけではなくて、その変化が面白いという視点を持ってもいいのではないかと思っていました。この小説ではそれを面白く書きたかったんです。
─お金の話は面白くもあり、難しくもありますよね。
友達同士でも話しにくいですよね。自慢でも愚痴でもないお金の話はなかなか難しいです。それに世の中には、あまりお金について話すなという空気があるような気がします。でも、だからこそ私は書きたいのかもしれないです。
私のデビュー作は『人のセックスを笑うな』というタイトルでしたが、それも「性の話をしてはいけない」という空気があるから、それについて書きたいと思ったんですよね。私自身は、普段の生活の中で友達同士でもそういう話はできない大人しいタイプなので、そういうことを書くときには却って大胆になれるのかもしれません。
─豆子の持つ“社会から認められたい”という願いは切実でした。「ここにいることを周りから許してもらえていないのではないか」という不安を常に持ち、どこへ行っても椅子に浅く腰掛けるという豆子は時に痛々しいほどでしたが、実は心のどこかに同じ感覚を持っているという人は多いのではないかと感じます。
豆子の社会参加欲について、山崎さんのお考えをお伺いできますでしょうか。
私自身、社会に対する欲望がとても強いです。「社会に関わりたい」、「社会の中でこれをやれていると思えないと意味が無い」といつも考えてしまうので、それが豆子に反映されているところはありますね。
おそらく、そういった社会欲というものは生まれつき持っている性質のようなもので、人それぞれ強い弱いがあるのだと思います。例えば人によっては、恋愛しないと生きていられないという人もいます。そういう人は頭で考えて恋愛欲が高まっているわけではなくて、恋愛せずにはいられないから頑張っているんだと思うんです。それと同じように、豆子のように社会欲が強く、社会に認められたくて頑張っているという人は大勢いるのではないでしょうか。
─豆子は、“誰だって、(中略)自分の得意分野の定規を当ててもらうことを望む。”、“それぞれが異なる定規を相手にかざすのだから、自分の求める褒め言葉がもらえないのは当たり前だ。(中略)褒め言葉を期待せずに、自分の努力は自分だけがわかっていて、人には伝えないようにするのが一番なのだ”と考え、社会で広く共有されている定規とは異なる定規を、「経済」という名の香水に託して世の中に提案することを決意します。
一方、山崎さんは“小説を書くことで、感覚としての新しい価値観を読者に提示したい”というお考えをお持ちです。山崎さんにとっての小説と、豆子にとっての香水には“多様性を提案する”という意味で、共通する部分があると感じました。
そういう風に感じていただけると嬉しいです。
私には全ての人を肯定したいという思いがあります。私にとって小説の仕事をするということは、自分の主張を押し付けたり考え方の違う人を貶したりすることではありません。ある一つの視点を提示して、たくさんの価値観を作っていきたいという気持ちで小説を書いているんです。豆子が香水を作るということもそれに似ています。最初、豆子にとって香水は、「女性の性というものをパワーアップさせるために作っているもの」のように見えていたわけです。でも彼女は、香水によってそれ以外にももっと別の、例えば経済力のような、人の持つ様々な魅力を伝えることができると気付きました。色々な定規、その人が「自分はこれに自信がある」と思える部分の目盛りが大きい香水を作れたら素敵ですよね。
─これだけが正しい物差しなんだ、ということではなくて、こういう価値観もあるんだよ、という提案ですよね。
そうですね。私は性別のことを文章にすることが多いので、「女性性を大事にしている人を批判したがっているんじゃないか」とか「男性に対して何か言いたいことがあるんじゃないか」と言われてしまうことがあるのですが、そんな主張は全然無いんです。女性らしくすることが楽しいということは素晴らしいことだし、男性に対して意見なんて一つもありません。ただただ私は、「性別に馴染めないこういう人がいるよ」とか「こういう考えを持っている人がいるよ」ということを、小説を書くことで読者に提示したいだけなんです。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー(1,000〜10,000文字)」を公募する企画です。第一回は、『桃太郎』や『シンデレラ』から芥川龍之介、太宰治の二次創作まで、2,330作品が集まりました。
山崎さんは、中学生時代は童話民話研究部で、大学の卒論が「源氏物語 浮舟論」、夢は、「源氏物語」の現代語訳をすることだと伺いました。また、『論理と感性は相反しない』に収録されている「芥川」は『伊勢物語』をもとにした作品でもあります。先行作品をもとに新しい作品を書くことについてのお考えをお聞かせください。
そういう仕事をしたいなという気持ちは強く持っています。古典にまつわる仕事、例えば、古典を翻訳したり、古典から着想を得たお話を書いたりしてみたいですね。『シンデレラ』や『更級日記』をもとに現代の物語を書いたら面白いだろうなと思います。
そもそも人間は、一人で真っさらな新しいものを作ることなんてできません。作家はみんな言葉を使って小説を書いているんですけど、言葉自体は自分で発明したものではなく、長い年月をかけて生まれて、さらに時代を経て色々な人の手が加わって作られてきたものです。だから、“私が”ということをあまり意識する必要は無いような気がします。過去の人の作品を受け継いで、今、偶然、この時代にこの国で暮らす私がフィルターとなって物語を送り出している、というような感覚でいいのではないでしょうか。
─素敵な考え方ですね。
最近ではtwitterなどに私が書いた小説を、悪い言い方をすれば切り刻むような形で一部分書いてくれる読者がいます。そういうことをされるのが嫌な作家もいるでしょうけど、私はそれが嬉しくて、どんどん切り刻んで書いていって欲しいと思っています。もっと言えば、そこに私の名前を出さなくても構いません。誰が書いた文章かということにあまりこだわらず、みんなで作品を作っていけばいいのではないかなと考えています。
─ブックショートの大賞作品は、ショートフィルムとラジオ番組になります。山崎さんのご自身の作品の映像化についてのお考えをお伺いできますでしょうか。
自分の小説が、映画化やドラマ化されたら嬉しいなと思いますね。私の作品では、デビュー作の『人のセックスを笑うな』を映画化していただきましたが、もっと他の作品もしてもらいたいという野心があります。『人のセックスを笑うな』は、映画化された後、本がすごく売れたのでとても嬉しかったです。
それに、多くの方は映画と小説は別物として認識してくれて、映画の方が好きという人も、小説は小説で好きという人もいて面白かったです。そもそも『人のセックスを笑うな』は、全然ストーリーが無いというか、ただ恋愛をして別れてというお話だから、私自身は、これ映画になんてできないだろうと思っていたんですけど、完成した作品を観たらとても映画らしくなっていました。やっぱり小説にできることと、映画にできることは違うんだなと感じましたね。
─それぞれの特徴や、楽しみ方も違いますもんね。
私は、自分の小説を読んで何かしら考えて新しい作品を作ってもらえるのがとても面白いことだと思っているので、自分の小説が映像化されるときはストーリーを変えてくれて全く構わないと考えています。監督さんのセンスで、小説を読んで思いついたことを撮っていただければ、設定をすっかり変えてもらってもいいと伝えますね。
─最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけましたら幸いです。
一回落ちたとしても諦めずに何度も書いた方がいいと思います。私は、文藝賞(主催:河出書房新社)でデビューしましたが、一回目も二回目も落選して、三回目の応募でようやく受賞できました。だから、一回や二回落ちたくらいで諦めず、書き続けることが大切だと思います。
─ありがとうございました。
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
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