東直子 ひがし・なおこ
歌人、作家。一九九六年「草かんむりの訪問者」で第7回歌壇賞受賞。歌集に『東直子集』(邑書林)、『十階』(ふらんす堂)ほか。二〇〇六年初の小説『長崎くんの指』(マガジンハウス/のちに『水銀灯が消えるまで』集英社文庫)を刊行。『とりつくしま』(ちくま文庫)、『私のミトンさん』(毎日新聞社)、『らいほうさんの場所』(講談社文庫)、『いつか来た町』(PHP研究所)『いとの森の家』(ポプラ社)、『トマト・ケチャップ・ス』(講談社文庫)など著書多数。近刊に、評論集『短歌の不思議』(ふらんす堂)。
『晴れ女の耳』東直子(KADOKAWA 2015/4/25)
著者の出自でもある和歌山県紀州の深い森を舞台に広がる怪談短編集。不条理な因習や非業の死。過酷な運命に翻弄されても、百歳を越えてなお生きる女たちがユーモラスな関西弁で語る、哀しくも不思議な美しい命の物語。
─新刊『晴れ女の耳』拝読させていただきました。怖くて悲しい怪談でありながら温かい余韻を残してくれる作品が多く、とても素敵でした。まずは七つの短編の舞台である和歌山県と東さんの関わりについて教えてください。
私自身は住んだことが無いのですが、両親が和歌山の出身です。父の実家は西牟婁郡という和歌山の中でも奥深い地域で、最寄りのJRの駅から二時間ほど山の中に入ってようやく辿り着くような田舎です。母は紀伊田辺という駅の近くの田辺市で育っていますが、先祖を辿れば両親とも同じ村の出身のようです。だから私は、自分の中には和歌山の山奥の血が流れていることを意識してきました。
─その和歌山を舞台にした物語を書いたきっかけは何だったのでしょうか。
子供の頃、毎年のように夏休みを父の実家で過ごしていましたが、都市部の団地で暮らしていた私にとって、その時の田舎の人たちの様子や奥深い自然の記憶は強烈で、大人になってからもずっと原風景として残っていました。
それであるとき『Mei(冥)』(当初メディアファクトリー、現在はKADOKAWA)という女性向けの怪談雑誌に怖いお話を書いて欲しいという依頼をいただいた際、自分の中で一番怖いものって何だろうと考えてみると、記憶の中にある田舎の奥深さが私の根源的な怖さの感覚と結びついたんです。だから、それについて丁寧に書いてみようと思いました。
─『晴れ女の耳』に収録されている作品はいずれも女性が主人公の物語で、男性の存在感はかなり薄かったですね。
男性を排除するつもりはなかったんですけど、和歌山の山奥で生きている人たちを生々しく書こうと思ったら自然とそうなりました。私の祖父は母方も父方も早くに亡くなり祖母は長生きしたので、自分の中に「おばあちゃんって元気でたくましい。」というイメージがあったのかもしれません。この本にはおばあちゃんが何人も出てきますけども、一昨年に亡くなった私の母方の祖母の言動をヒントにしたところもあります。
─物語は、誰かに語りかけるような口調で書かれています。
今回の作品は、昔話を語り聞かせるような形を意識して“ですます調”で書きました。私にはこれまで、誰かにお話を語り聞かせるという経験が幾度もあったので記憶に刻まれた語りのリズムを活かしたところがあります。
─お話を語り聞かせる経験とは?
イベントで時々、誰かに語りかけるような形で即興小説を作ったり、私の子供が小さかった頃には「お話の会」というところで、グリム童話や日本の昔話などを丸ごと暗記して子供たちに語り聞かせていました。
─面白いですね。
「お話の会」は八王子に住んでいた二十数年前から七、八年ほど参加していました。東京子供図書館が発行している『おはなしのろうそく』という読み聞かせに適した冊子が主なテキストでした。それも“ですます調”のリズムで書いてあることが多かったですね。
即興小説は、おばあちゃんが子供達を集めて喋るような雰囲気です。お題をいただいてそのイメージをもとに即興で物語を作るのですが、聞いている方もこのお話はどこに行くんだろうと不安な表情で、話している自分でもどう着地するのかわかりません、というすごく奇妙な企画ですね(笑)。
─その経験が『晴れ女の耳』に生かされたわけですね。
今回の作品は、怪談と言ってもホラーというよりは日本の昔話の怖さに近いので、誰かに語り聞かせるような形で、即興小説を作るように終わりがどうなるのかを考えずに書き進めていきました。場面場面で浮かんだイメージを言葉に置き換えて翻訳するような調子でした。だから、私が構成を組み立てて、この人はこういう人物でこういう生い立ちだからこういう行動をする、と理屈で考えて文字を埋めていったのではなく、内側から私が感じて引き出してきたものを書いていった気がします。
─帯には “私の中に流れる和歌山の血に、おかしくて、こわくて、悲しいこの物語たちを、書け、と声なき声で言われたようでした。”とあります。
体の奥底から生まれてきた物語、どこからか入ってきて自分のなかに眠っていた誰かの物語が、自然に血を巡って現れてきたという感覚でした。
─表題作「晴れ女の耳」は、悲劇的なお話でありながらポップな雰囲気を持つ物語だと感じました。
「晴れ女の耳」は壮絶なエピソードが出てきますが、そこをユーモアで包みたいという気持ちがありましたね。壮絶なものを壮絶なまま押し付けるのではなく、ユーモアで包みながらおばあちゃんの辛かった過去、悲しい魂の叫びを伝えたいと思いました。
─登場する“小さいおばあちゃん”はとても魅力的なキャラクターでしたね。
ファンタジックでコミカルですよね。“小さいおばあちゃん”だから、嫌味やわがままを色々言ったところでかわいいという。自分でもかわいいなあと思いながら書いていました。
お恥ずかしい話ですけど、「晴れ女の耳」は自分で読み返しながら泣いてしまうんですよね。自分で書いたんですけど誰かの声を聞いて書き写した感覚なので、読んでいると本当におばあちゃんが喋っているような声が聞こえてきて、それで泣いてしまいます。
─おばあちゃんの他にも、「イボの神様」に登場する子供が好きでした。神様を疑ってしまった自分を責めて、心の中で必死に「嘘です嘘です。」と謝るという健気さがかわいらしかったです。
子供は、そういうことを大真面目に考えますよね。私はキリスト教系の幼稚園に通っていたんですけど、悪いことをした時にはタンスの影に隠れて「マリア様ごめんなさい。」と謝っていた思い出があります。そういう子供の頃の真面目さみたいなものは、どんな人にも思い当たることがあると思います。悪い事を考えちゃいけない、でも、そう思っていてもつい考えちゃう、みたいな心の葛藤が。それが、傍から見たら滑稽ですけど、当人にとっては真剣そのものなんですよね。大人になると何もかもわかったような気になってしまうけれど、そういう神秘性、「神様はいるんじゃないか、変なことをしたら罰を受けるんじゃないか。」という感覚は実は誰もが持っているんじゃないでしょうか。
─『晴れ女の耳』の収録作品には、有名なむかし話(『こぶとりじいさん』、『平家物語』、『西遊記』など)の断片がちらりと挿入されていましたね。私たちブックショートの公募テーマも、昔話や民話、小説などをアレンジした(二次創作した)ものということで、非常に近いコンセプトだと感じました。
昔話を昔のものとして閉じるのではなくて、現在生きている自分の感覚と昔話に出てくる物語性を結びつけ、自然な流れでブレンドするということに意味があるのではないかと思っています。自分がどこまで出来ているのかわからないんですけど、今だからこそ感じられる昔話のエッセンスを新しく味わって楽しんでもらえたら嬉しいですね。
─ブックショートでは、1,000文字~10,000文字の短編小説を公募します。短い物語の持つ魅力について東さんのお考えを教えてください。
短いからこその良さはあると思っています。例えば短歌は五・七・五・七・七と究極に短いですよね。「何故わざわざそんなに短いものを読むのか、もっとたくさん情報を入れたほうが楽しいんじゃないか。」という意見もあるかと思うんですけど、五・七・五・七・七と形が決まっていることによって、そこに当て込んでいくために余分なものは排除し、排除していくことによって最後に、作者が言いたかったことの核、エッセンスだけが残ります。そうすると、例えば気持ちを表現した短歌だったら、背後にある状況の説明抜きにその気持ちがダイレクトに心に入っていく力があるでしょうし、物語の一場面をぎゅっと絞り込んだ作品ならば、絞り込んだことによって読者が、読者自身の体験でそれに肉付けして、独自に世界が広がる楽しさがあると思いますね。短いお話それぞれに同じことが言えるのではないでしょうか。
─東さんは審査員として様々な場で短歌を選ぶことが多いと思いますが、ご自身が選歌されるときの審査基準はどんなところでしょうか。
色んなフレーズ、そのなかでも比喩や言い回しなどの工夫を吟味していきます。作風の如何に関わらず、その表現がありきたりで見たことがあるようなものだったら選びませんね。やはり作者独自の発見であるとか心の揺れというものが表現できているかが大切だと思います。最終的に、言葉が綺麗だとか技巧よりも、その人らしさが表現されている作品を私は選んでいるつもりです。
─最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけましたら幸いです。
結局のところ、自分が読んで面白いと思えるものを書くことじゃないでしょうか。それで、やっぱり短い作品は何を削るかということがポイントになるので、自分が面白いと思う中心を残しつつ、効果的に省略の効いたお話が書けたらいいものが生まれるのではないかと思います。
─ありがとうございました。
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