柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪府生まれ。2000年『きょうのできごと』でデビュー。07年『その街の今は』で第57回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、同年第24回咲くやこの花賞、10年、『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞、14年、「春の庭」で第151回芥川賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『また会う日まで』『ドリーマーズ』『わたしがいなかった街で』『星よりひそかに』『きょうのできごと、十年後』など。
『パノララ』柴崎友香(講談社 2015年1月15日発売)
二八歳の「わたし」(田中真紀子)は、友人のイチローから誘われ、彼の家に間借りすることにした。その家は変な家で、コンクリート三階建て(本館)、黄色い木造二階建て、鉄骨ガレージの三棟が無理やり接合され、私の部屋はガレージのうえにある赤い小屋。イチロー父の将春は全裸で現れるし、母で女優のみすず、姉の文、妹の絵波と、家族も一癖ある人ばかり。そんなある日、イチローは、自分はおなじ一日が2回繰り返されることがたまにある、と私に打ち明けるのであった。
─新刊『パノララ』拝読させていただきました。とても面白い小説だと思いました。タイトルの語源にもなっているパノラマ写真ですが、柴崎さんはオフィシャルサイトに東京やNYで撮影したパノラマ写真をアップされています。パノラマ写真が今作の生まれるきっかけだったのでしょうか。
そうですね。四年ほど前からデジタルカメラでパノラマ写真を撮り始めました。パノラマモードで撮影すると、景色が歪んでいたり消えて写っていないところがあったりしますよね。確実に現実にある景色を写しているはずなのに、ちょっと違う世界が出来上がる。それをとても面白いと感じました。そして、実は人間の記憶や世界に対する認識も、パノラマ写真のようなものなんじゃないかと思ったんです。客観的に見ているようでいて見えてなかったり、正確に記憶しているようで思い違いをしていたり。そうやっていろいろ考えたことが作品の元になっています。
─奇妙な建築の家で暮らす物語の登場人物たちは、かなり変わった人たちですね。
はい。でも人間って誰でもみんなちょっとずつ面白くて、変なところがあるんですよね。それがすごく目立つ場合もありますし、地味に変わっている人もいます。今回は、目立つ形で書いてみたかったんです。
─一日一度だけワープできる姉の文、同じ日が二回繰り返されることがあるイチロー、電話やメールだと相手の表情や気持ちがわかる妹の絵波の三兄妹。彼らの能力は、現実離れしているようでいて不思議とリアリティがあると感じました。
あまり役に立たない能力ですよね(笑)。リアリティがあるというのはおそらく、人間が普段生活していて、実際にはできなくても頭の中では考えていることに近いからなのかなと思います。
たとえば“同じ日が繰り返す”というのは、昨日ああ言えばよかったとか、ああすれば良かったと何度も後悔することは誰しもあるでしょうし、逆にすごく楽しかった一日のことを度々思い出すこともあると思います。
“ワープ”にしてもそう。駅で、もう少しであの電車に乗れたのに、なんて悔しい思いをしたとき、ワープできたらなんて考えたりしますよね。
それに、時間や距離の感覚というのは、人間の願望やそのときの状態によって感じ方がかなり変わります。時間はずっと同じ速さで流れているし距離も変わらないはずなのに、待っている時間はすごく長く感じるけど楽しい時間はすぐだったり、疲れているときは移動距離が長く感じるのに楽しいときはあっという間だったり。今回は、それが具体的に極端な能力で現れているので、言葉だけ聞くと特殊な印象を受けるかもしれませんが、実際にはすごく身近に感じてもらえるんじゃないかと思いますね。
─新進気鋭のカリスマ的映像作家・吉永隼人を中心とした映画製作コミューンが物語の重要な舞台の一つとなっています。全員が吉永を先生と崇め奉り、お互いをあだ名で呼び合ったりするちょっと独特なグループでした。
『パノララ』では、人間関係って何だろうというところを書いてみたかったんです。どんな集団でも起こることですけど、人間が複数集まると必ず力関係が発生し、独自のルールが自然とできたり、影響力の強い人によって良い悪いの判断基準が決められるようになっていきます。
人って普段、自分の行動は自分で選んでいると思いがちなんですけど、どうしてもその場の力関係に影響されているんです。最近だと、“空気を読む”みたいな言い方もありますよね。『パノララ』では、そういった人間関係の不均衡を、家族や映画製作のグループという小さな人間の集まりの中で書いたつもりです。
─登場人物の名前が田中真紀子、イチローと遊び心を感じました。
どちらもごく普通の名前ですけど、とてもイメージの強い人がいることによって、変な感じになりますよね(笑)。
名前で人格が決まるわけではないので同姓同名でも全然違う人であるにもかかわらず、イメージによって認識が左右されてしまうところが面白いと思っています。特に小説では、まず名前で人物を認識しますよね。映画だとその人物の外見や声の存在感が大きいですけど、小説では名前という記号がその人を表します。今回そのなかでちょっと遊んでみました。平凡な名前のはずなのに平凡じゃない、そういう名前にしてみようと思ったんです。
─田中真紀子は、イチローと同じように一日を繰り返す体験をしたあと、“変な感じ”が続いていきます。柴崎さんご自身は、日常に違和感を感じるという経験はありますか。
私は学生の頃から、細かいことばかり覚えていて肝心なことを聞いていないことが多かったんです。たとえば、授業で先生が、来週テストをやると言ったことを聞いていなくて、翌週の授業でみんなが当然のように準備しているなか、自分だけあれ? 自分だけ似てるけど違う世界に移動したのかな、みたいな(笑)。ちょっとしたことですけど、そういう感じになることって多かれ少なかれ、誰にでも経験があることだったりするのかなと思います。
ほかにも、私がWEBで連載しているエッセイの絵を描いてくれている男性の話なんですけど、彼が中学生だった頃のある朝、通学路で周りを見回したら女子しかいなかったそうなんです。それでなぜか、今日は女子しか学校に行ってはいけない日なんだと思って慌てて帰ったというエピソードがあって、その話が私はすごく好きです(笑)。
─たまたま周りに女子しかいなかったんですよね。
そう。たまたまです。でも彼が、なんで女子しかいないんだろう、と焦った瞬間を想像するとすごく面白くて、そういうところから違和感について考えたりしますよね。
─今年度から私たちショートショート フィルムフェスティバルは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説の公募をはじめました。柴崎さんの『きょうのできごと』は行定勲監督によって2004年に映画化されています。『きょうのできごと』文庫本に収録されている『きょうのできごとのつづきのできごと』では、柴崎さんが映画撮影に立ち会った際の思いが描かれていますが、改めてご自身の作品が映像化されることについてのお考えをお聞かせください。
私はもともと映画が好きなので、観てみたいという楽しみが一番大きいですね。まずそれがあります。そして、私は原作がある映画について、原作と映画は別の作品だと思っています。小説が直接そのまま映画になるわけではなくて、映画を作る人が小説から受け取ったものをどう表現するかという面白さがありますから。
だから、『きょうのできごと』の映画化の話を頂いた時最初に、小説と全然違うストーリーになってもいいです、と伝えました。どうなるかという興味の方が大きかったんです。自分が好きな映画でも、原作を読んでみたら全然違うものもあって、そこが面白いですよね。この場面がこうなったのかとか、ここからこういう風に発想を広げたのか、とか。
─『きょうのできごと』は、十年後のストーリーも書かれていますが、もともと構想はあったのでしょうか。
それは全然無かったです。後から十年経ってどうなっているかなと考えて書きました。小説を書いているときは、登場人物のその後の人生はあまり考えないですね。だけど、その前はやっぱり考えます。どういう仕事をしていて、どういう生活を送っていたのかとか。その人の考え方や在り方というのは、それまでの人生が影響していると思いますから。
─美容師を辞めて、とか。
そうですね。私は職業についてはかなり具体的に考えるんですよね。なんとなく会社に行っているということだけでは書けないので、大きい会社とか小さい会社とか自営業とか、スーツなのか自由な服装なのか、とか。会社員でもどういう職種か、まで決めます。
─総務と営業ではかなり違いますもんね。
そうですね。日々の行動も変わってくるでしょうし、性格的な違いも出てくると思います。だから、仕事に関してだけは必ず取材します。私も会社に勤めていたことがありますけど、その会社のことはその会社の人にしかわからないですからね。
取材するときは、職務内容を聞くよりも、職場で一日をどう過ごすか、なにをするかという質問をするようにしています。それを聞くとなんとなくその職業のイメージが掴みやすいんです。
─メールチェックとか。
そうですね。あとは今までに、職場に着いたらまずおかきを食べると言った人がいました(笑)。そうすると、おかきを食べるという一つのことから職場の雰囲気がなんとなくわかるじゃないですか。そういう風に取材しています。
─ブックショートでは、昔話や民話、小説などをアレンジした(二次創作した)短編小説を公募します。柴崎さんは、先行作品をモチーフにして新たな物語を書くということに興味はありますか。
書くこともありますし、読むのも好きですね。
そういう作品には、長く受け継がれてきた物語の型のようなものがあるので、その上でどう遊べるか、どういうことができるのかを考えるのはすごく面白いと思います。型がある分個性が出ますし。
芥川賞を受賞した『春の庭』は、なんとなく昔話のような物語を今の東京でやってみたいという思いで書いた作品です。私は、『わらしべ長者』や『三年寝太郎』のように、あまり努力しないで幸せになる昔話が好きで(笑)、『春の庭』の主人公である太郎という名前は、そこからもきています。昔話の主人公は、なんとか太郎が多いじゃないですか。
─桃太郎や浦島太郎、金太郎とか。
そう。それで太郎は、他人から物をもらってそれをまた別の他人にあげたりしますよね。そういう昔話的なことを現代の東京でやると、さすがに大判小判がざくざくということにはならないなと思って(笑)。ソファはもらえたけど、長者にはなれないみたいな。パスティーシュではありませんが、そんなことをイメージして書いていました。
─物語を書く際、モチーフはどのように決めるのでしょうか。
普段からアイデアの苗みたいなものがたくさんあって、それがうまく繋がっていくと小説になって育っていきます。
─最後に、ブックショートに応募しようと思っている方、小説家になりたいと思っている方にアドバイスをお願いします。
まず書いてみる。そして読んでもらう、ですね。
私は友達に読んでもらっていました。もちろん選評や講評みたいな答えが返ってくるわけではないですけど、何かしら発見があったり意外な感想をもらえたりしますし、他人に読んでもらうことで作品が自分からいったん離れるということが大事だと思います。自分のなかにあるときというのは作品と自分との距離がまだとれてないので、客観的に見れていないところがあります。たとえば、パソコンの画面で見ていてもわからなかったのに、プリントアウトした途端に誤字が見つかるような感覚ですね。何度も見直したはずなのに、印刷した途端もうそこがズバッと目に飛び込んでくることがあります。もちろんプリントアウトして見やすくなるということもありますが、やっぱりパソコンの画面上というのはまだ自分の頭の中なんです。それがプリントアウトされ、具体的なものとして出てくることによって距離感が変わるから、誤字がわかるんじゃないかと思っています。そしてそれは、誤字だけじゃなくて内容自体にも同じことが言えます。書いた作品との距離感を変えて自分の外に出してみるということが重要だと思いますね。
─ありがとうございました。
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