恩田陸
1964年、宮城県生まれ。91年、第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年、『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞受賞。06年、『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門賞受賞。07年、『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞受賞。17年、『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞受賞。主な著作に『ネバーランド』『黒と茶の幻想』『上と外』『ドミノ』『チョコレートコスモス』『私の家では何も起こらない』『夢違』『雪月花黙示録』など。
『失われた地図』恩田陸(KADOKAWA 2017年2月10日)
直木賞受賞第一作! “恩田ワールド”全開のエンターテインメント長編
錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木・・・・・・。日本各地の旧軍都に発生すると言われる「裂け目」。かつてそこに生きた人々の記憶が形を成し、現代に蘇る。鮎観の一族は代々、この「裂け目」を封じ、記憶の化身たちと戦う“力”を持っていた。彼女と同じ一族の遼平もまた、同じ力を有した存在だった。愛し合い結婚した二人だが、息子、俊平を産んだことから運命の歯車は狂いはじめ・・・・・・。
――新時代の到来は、闇か、光か。
─新刊『失われた地図』楽しく拝読させていただきました。錦糸町、上野、六本木といった戦争の記憶が残る旧軍都の「裂け目」から発生する「グンカ」と、それを封じる主人公たちの戦いというこの作品は、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか?
もともと東京を歩くのが好きですし、東京に関する本をずっと集めていたのですが、ちょうどこの作品を書き始める前、東京には未だに、江戸の侍や明治以降の軍人たちが作った「軍都」の景色が数多く残っているなと感じていたんです。それで、「軍都」を舞台に小説を書こうと。当初は、戦後70年が過ぎてもうすぐこういう痕跡もなくなるんだな、その前に、「軍都」に残る土地の記憶を書いておきたいな、というノスタルジックな気持ちでした。
─東京に残された軍都の記憶から、川崎、大阪、呉と日本各地に広がっていったんですね。そうした土地に現れるのが、<抑圧されたルサンチマン>や<ナショナリズム>と親和性の高いグンカ。彼らは、物語が進むうちにどんどん増殖していきます。近年の社会情勢を想起させられました……。
はじめは本当にそういう意識はなかったのですけど、書いているうちに、現実の方がどんどんきな臭くなってきて……。書き終わった時には、フィクションが現実に追い抜かれたような感覚がありました。
─舞台となった土地をすべて取材されたと伺いました。
そうですね。キャラクターもストーリーも、現地に行って、「こういう場所でこういう事件が起きたら嫌だな」と考えながら見つけていきました。私自身がその場所に行って土地土地の雰囲気に直接触れないことには、アイデアはなかなか浮かんできません。
─大阪城の石垣が飛ぶシーンはすごかったですね。
ええ。実際に大阪城に行って、この石垣が飛んだら嫌だなと思って書きました(笑)。
─「錦糸町コマンド」で、かつて錦糸町に存在したお堀の水面が一瞬蘇った場面が美しかったです。
その場面は、錦糸町の名前の由来を勝手に想像して書きました。色々な説が存在しているようですが、あの場所は、もともと貯木場だったわけですから、材木の油が浮いていても不思議ではないだろうなと。
─「川崎コンフィデンシャル」では、工場地帯から沖縄の白い蛇が現れて、主人公たちを助けます。
川崎には、沖縄から移住してきた労働者の方がたくさんいて、コミュニティもあります。そういう場所には、その土地固有のものだけでなく、別の土地から持ち込まれた記憶も存在しているのではないかと思うんです。川崎に限らず、東京やその近郊都市には、色々な地方の様々な時代の記憶があちこちモザイク状に残っていて面白いです。
─私は大学時代、茗荷谷にある岐阜の県人寮に住んでいましたが、そこは、もともと旧大垣新田藩の江戸藩邸だったようです。あのあたりには、様々な県の学生寮がありました。それらも地方の記憶と言えるかもしれないですね。
ええ。東京でまとまった広い土地というと、やはり武家屋敷があった場所です。そういう話を聞くと、東京はもともと侍が作った町なのだなとあらためて感じますね。私の家の近所にある韓国大使館も、どうしてか伊達家の武家屋敷の跡地に建っています。
─「上野ブラッディ」では、主人公たちが過去に干渉する場面が印象的でした。
時間というのは連続しているものではなくて、あちこちで少しずつ重なっているような気がするんです。特に上野のような町には、古い時代が残っていて、そこに、今の時代が少しずつ乗っかっているような印象が強いですね。
─石垣が飛んだ大阪城でも、エリアごとに時代の異なる様々な記憶が登場しました。
大阪城が建っているのは、織田信長と戦った石山本願寺の跡地ですから。すごく変な重なり方をしています。それに、私は大阪に行くたびに、とりとめのない町だなって感じるんです。東京のようにはっきりハブとなる町があって、それぞれが分かれているわけではなくて、なんとなく繋がっているような……。そして、一番不思議なのは、大阪府警の本庁舎。凹面鏡のような変な形をしているんです。それで、凹が大阪城天守閣の方角に向いている。きっと風水を考えて作ったのだろうなと、ずっと前から気になっていて。上方ってやっぱり面白い土地だなと思います。
─日本各地でグンカと戦う主人公たちですが、常に苦戦していますよね。強くてかっこいいヒーローという感じではありませんでした。
私は、善悪というのは、今や相対的なものでしかないと考えているんです。だから、ヒーローという存在自体、成り立たないと思っています。遼平や鮎観たちも、正義のために戦っているわけではありません。グンカたちは時代や世の中の空気に反応して出てくるだけの存在ですし、主人公たちも、そのグンカたちに反応しているだけ。純粋なヒーローとして戦っているというよりは、業のようなものだと思います。
─自分たちが正義を背負って悪者を退治しているわけではなく。
彼らにはそういう意識は全くなくて。出てきてしまうから仕方なく戦っているという。善悪が相対的なものでしかないという考えは、ラストにも反映しています。ハッピーエンドともバッドエンドとも読めるような終わり方ですよね。
─ええ。最後は、オリンピックの場面でしたね。
オリンピックの開催地が東京に決まったときには、これでまた東京大開発だし、ナショナリズムが……とすごく嫌な気持ちになりました(笑)。
─最初におっしゃった、時代の嫌な空気感がフィクションを追い越してしまったということにもつながりますね。
そうですね。小説全体としてもそういう嫌な雰囲気を楽しんでもらえればと(笑)。そして、昨今は、ファンタジーだと考えられていたことが、次々と現実になってしまう世界ですから、『失われた地図』でも、虚構と現実は意外と地続きであるということを感じていただければと思います。
─少し話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。恩田さんは別のインタビューで、<だいたい、オリジナルストーリーなんてない、って思っているんです。たいていの手法は使いつくされているので、何をやってももう、先行作品のオマージュとなる、という認識でいるので>とお答えになっています。今回の短編集においては、オマージュした先行作品はあったのでしょうか?
今回は特にはなかったです。ただ、昔から好きだった伝奇小説の要素は入っているかなと思います。あとは、「燃えつきた地図」という安部公房が東京近郊を描いた作品へのオマージュも少しあったかもしれません。
─具体的な先行作品をもとに新たな作品を作ることについて、さらに詳しくお伺いできればと思います。
私は、物語のパターンというのは、もはや作り尽くされていると思うんです。人が聞いて気持ち良くなったり爽快感のあるお話のパターンもだいたい決まっている。そういう意味で、すべてのお話は、演出や組み合わせを変えているだけだという認識です。きっと映像も同じでしょう? 映画だってすでに完成されていると思いますし、先行作品もたくさんありますから。オマージュするだけでも時間が足りないですよ。
─オマージュするためには、まず、作り尽くされたパターンを把握する必要がありますよね。ただ、小説家になりたいという人のなかには、ほとんど小説を読まないという人がけっこういるような気がします。
ほとんど映画を観ていないけど、映画監督になりたいという人も多いようですね。いっとき、映像業界の方からそういうお話をよく聞きました。「監督になりたいのであって、映画を作りたいわけではない」という。小説の場合も同じで、「作家になりたいのであって、小説を書きたいわけではない」人がいるのかもしれません。でも、たくさん読んだり観たりしないと結局は長続きしないと思います。
─ええ。
私の場合、子供の頃に読んだ本が未だに財産になっています。「あの小説を読んでこういう気持ちになった」という経験を再現したい気持ちが強いので。それに、たくさん読んで、自分が「これが好きだ」ということがわからなければ、何を書いたらいいかわからないでしょう。他の人の作品を観たり読んだりしなければ、オリジナルは生まれない。型から入って模倣して、その先に出てくるのがオリジナルですから。
─直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』の中には、音楽の世界と小説の世界が似ているという会話もありました。どちらも、たくさんの新人賞やコンクールを開催し、裾野を広げようとしている。
裾野を広げるのは大切ですよね。文学の世界に多数の新人賞がある理由は、続けていくのが難しいからです。常に新しい才能を探していなければ先細りになってしまう。そして、それは、どの世界でも一緒だと思います。
─ええ。
『蜜蜂と遠雷』を読んでいただいた方のなかにも、自分も音楽の道を志していたけど挫折した、という方がたくさんいらっしゃいました。音楽で生活していくのは本当に大変なことなんだなと改めて感じましたね。一流のミュージシャンと言われる一握りの方々は、本当に恵まれていると思います。
─小説の世界も同様ですよね。
そうですね。どちらも、読まれたり、聴かれなければ仕方がない。どんなに技術が素晴らしくても、それとはまた別の要素でジャッジされるわけですから。難しい商売だなと思います。
─恩田さんは新人賞の選考委員として選ぶ側に立つことも多いですよね。
選ぶ側の責任は重いですし、ジャッジするということは自分がジャッジされることでもあるので、非常に怖いんですよ。私の場合は、その時点で完成している人よりは、伸び代のある人を選ぼうと思っています。単純に言うと、その人の次の作品が読みたいかどうか。きっと音楽も同じで、その人の演奏をまた聴きたいと思われる人が次のステップに進むのだと思います。じゃあそれがどういう作品なのかというと、まだ言葉では説明できないんですけどね(笑)。
─ありがとうございました。
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