有川浩
1972年高知県生まれ。『塩の街』で電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2004年デビュー。同作にはじまる自衛隊3部作『空の中』『海の底』、「図書館戦争」シリーズをはじめ『阪急電車』『植物図鑑』『空飛ぶ広報室』『明日の子供たち』など著書多数。映像化された作品も多く、幅広い世代から支持を集めている。また俳優の阿部丈二と演劇ユニット〈スカイロケット〉を結成し、『旅猫リポート』『ヒア・カムズ・ザ・サン』の舞台化を自ら手がけるなど、演劇の世界へも挑戦の幅を広げている。
『キャロリング』有川浩(幻冬舎 2014年10月23日)
クリスマスにもたらされるささやかな奇跡の連鎖―。
有川浩が贈るハートフル・クリスマス。
*NHK BSプレミアムにて毎週火曜日午後11時15分放送。(2014.11.4〜12.23 / 連続8話)
─新刊『キャロリング』の出版おめでとうございます。心がじんわりと温かくなる小説でした。まずは今作の執筆のきっかけについて教えてください。
元はと言えば、演劇集団キャラメルボックスさんと一緒に小説と舞台のコラボをやろうというお話から始まりました。私が原作小説を書き、彼らがそれを舞台にするという企画です。それでタイミングを話し合った結果、キャラメルボックスさんの一番大きな公演で、私と懇意の阿部丈二さんの主演が決まっていたクリスマスツアーに合わせて、ということになりました。
「クリスマスツアーだけどクリスマスにはこだわらなくていいですよ。」と言っていただいたのですが、私がそれまでクリスマスをメインにしたお話を書いたことがなかったので、せっかくならクリスマスストーリーを書こうと思いました。
そこから役者さん一人一人と面談し、どんなキャラがやりたい?とか、どういうお芝居をやりたい?と聞いて、そのなかでキャラクターを立てていきました。せっかく私とやるんだったら、いつもキャラメルボックスさんでやっていることとはちょっと違う引き出しを開けるお手伝いができたらいいな、と思い、いつも好青年役をやっている男の子に悪役を演じてもらったり、阿部さんには、“心に傷を負った主人公”をやってみたい、と言ってもらえたので、じゃあそれでいこう、なんてこともありましたね。キャラクターの名前も、演じる本人たちに決めてもらいました。だから、小説を書いたというよりはみんなで作ったという感覚でしたね。映画を作る現場とちょっと似ていたかもしれないです。
タイトルの『キャロリング』は、クリスマス・キャロルを歌いながら街を練り歩くことを意味する言葉です。クリスマス関連のワードは使い尽くされてしまっているので、何かいい言葉はないかな、と探したところ『キャロリング』に行き着きました。
─拝読させていただいて感じたのは、『キャロリング』の主要な登場人物には“悪人”が一人もいないということでした。人を傷つけてしまったり、罪を犯してしまうキャラクターもいますが、どこか憎めないというか、感情移入してしまう部分が出てきます。こういった素敵なキャラクターたちはどのように生まれるのでしょうか。
キャラクターは自分の好き勝手にできる駒ではなくて一人の独立した人間として考える、と常に心掛けているので、それが助けになっているのかなと思います。私の脳内にしか存在しないんですけど、彼らには彼らの人格や思考や行動があって、それを邪魔しない、こちらの都合を押し付けない、彼らの欲することをやってもらう、というイメージですね。だから“エチュード(即興劇)”に似ているところがあります。「はい、あなた学生。あなたは先生、はい、演じて。」みたいな感覚。私はそういう書き方なんですよ。
─別のインタビューで有川さんは、小説を書いているときのご自身のことを“透明なカメラ”だとおっしゃっていますね。
私は小説のためだけに1ページ目から400ページ目までの人物を作る、ということはしていません。登場人物たちの人生というのは、生まれたときから亡くなるまで連綿と続いていきます。私はその中の一部分にカメラを持ち込んで撮らせてもらっているという意識なんです。カメラを持ち込む前の彼らの人生も当然あるし、カメラを引き上げてからの物語ももちろんある。だから今まで書いたどのキャラクターでも、別の時間軸で書いて下さい、と言われたらいつでも書くことができます。
─今作で印象的だったのが、“これほど持っている辞書が違うのに二人で生きていけるのか。”という一文でした。
“辞書”は、舞台で大和を演じて下さった阿部さんとディスカッションしていた時に出てきたワードです。どちらかからというよりは、二人の脳みそから出てきた言葉ですね。私は、自分一人の脳みそで出来ることには限界があると思っています。人と話しながらの方が脳みそは活性化するので、思いもよらないアイデアが出てくるんです。“辞書”も、お互い分かり合えなくてすれ違っちゃって、というシーンについて話し合っていたところで阿部さんが、“持っている言葉が違う”みたいなことを言って、それを私の言葉で翻訳すると“辞書が違う”という表現になったんじゃないかな、と思います。私が、未だに辞書を引きながら小説を書くので辞書は身近なんです(笑)
─もう一つ心に残ったのが、相手のためによかれと思って行動したことが、結果的に相手を傷つけたり、重荷になったりしたりすることがあるということ。“ありがた迷惑”や“親切の押し売り”とは違うレベルの意味を感じました。何かをしてもらった方は、一生その重荷を背負って生きていくことになる。視点を変えた時の考え方の違いがとても印象的でした。
一つのシーンを考えた時に、その場の主導権を握っているキャラクターがいるわけですけど、カメラを切り返せば当然相手役がいるわけです。私は、いわゆる映像で言うところのカメラを切り返すという作業を常にやっているんだと思います。大和の側から撮った次は柊子のカット、というように。
ただ、映像でも撮って使わないカットがあるように、それを文章に残すかどうかはまた別です。けれども、そのカットがあるかないかで文章の密度が変わってくる。だから、大和の側からだけじゃなくて柊子の側からも撮る、赤木の側からだけじゃなくてレイの側からも撮る。そうすることで、もう一方のキャラクターの考えや思いも感じ取ることができるんですよね。
─すごく構造的な視点ですね。カメラがたくさんあることで物語が深くなる。
映像でも2カメ、3カメあると早いですよね。私の場合は、全部脳内で処理しているので、2カメ、3カメ、もっと言うと10人出てくるシーンだったらカメラ10台を一気に使えるので、そのなかでどれとどれを繋ぐか、という作業をしています。これをもしかしたら私は、他の作家さんより自覚的にやっているということはあるかもしれないです。
─小説家志望の方にとって非常に参考になるお話です。
最初は誰もが1台しか持ってないんです。それを一生懸命切り返しながらやるんですけど、たくさん書いているうちに2カメ、3カメと増えてくるので早く書けるようになっていきます。
─『キャロリング』は今月からテレビドラマも始まりました(NHK BSプレミアム 毎週火曜日23時15分から)。三浦貴大さん、優香さんが主演。こちらも楽しみですね!
撮影には何度も立ち会いました。もともと現場に行くのが好きなんですよ。『空飛ぶ広報室』の時も『三匹のおっさん』の時もたくさん足を運びました。
原作を預けてあとはお好きに、というやり方もあると思うんですけど、私はやっぱり色んなものを見たいし知りたい。私にとって小説を書くということはフィールドワークでもあります。外に出て誰かと触れ合ったり教えてもらったりしないと何も増えていかないタイプの作家なので、映像のプロ、自分と違うジャンルのプロが一生懸命ものを作っている現場は、それを覗かせてもらうだけでも刺激的だし、そこにチームの一員として加えてもらえるなんてすごく幸せなことだなと思います。小説は一人の作業になりがちなので、チームで作ってるっていいなという気持ちもあります。
─今年の8月に、私たちショートショート フィルムフェスティバルは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説を募る賞を設立しました。有川さんの作品の多くが映像化されています。映像化された作品は自身にとってどんな作品だと捉えてらっしゃいますか。
私は常に、「小説をそのままなぞっていただきたくない。」と言っています。せっかく映像のプロがやるんだから映像の技を見せてください、と思っているんですよ。例えばリンゴ一つとってみても、カメラで撮る、色鉛筆で描く、油絵で描く、水彩で描くというのはそれぞれ全然タッチは違いますが、リンゴはリンゴですよね。そういう筆の違いによる面白さを見せていただきたい。ですから最初の読み合わせで「面白くなるんだったら何をしてもらっても構いません。」と伝えます。それは挑戦でもあります。見せて下さいますよね、という。やっぱり仕事にプライドを持ってらっしゃるプロの方というのは、それを言うとすごく発奮して下さるんですよね。結果、すごく素敵なものに仕上げていただいています。
あとは、もし映像化で不本意なものが出てくるのだとしたら、預ける相手を間違えてしまったのかな、と思っています。今のところ私には、自分で不本意だった映像化は一つも無く、それぞれの正解を見せて頂いていると受け止めていますが、どうしてそれが叶っているかというと、やっぱり“好きです。”とアプローチして下さるプロデューサーに必ずお預けするようにしているからだと思うんです。そこを見極めることで、映像化の良し悪しの9割は決まると考えています。
─信頼関係が大事なんですね。
原作サイドと映像化サイドには反目がある、というイメージ持っている方が多いかもしれないですけど、わたしは絶対WIN-WINになる道があると信じています。いいものを作りたいと思っている気持ちはみんな同じなので。
『キャロリング』はNHK BSプレミアムで連続ドラマにしていただき現在放送中です。昨日ちょうどそのドラマ「キャロリング」の撮影打ち上げでしたが、皆さん私のことをチームの一員だと、塚本(監督)・有川組だと思ってくれているように感じました。多くのスタッフさんに「次は有川さんが脚本を書いて下さいよ、原作じゃなくて。」とか「原作をお借りして作っているだけで、これだけみんなの輪がギュッと縮まって奇跡的な現場が作れるんだから、有川さんが直接映像の現場に乗り込んできて下さったらどんなに楽しいことが起こるのだろうと思うんです。」と言って下さってすごく嬉しかったですね。
私、現場で原作者の扱いじゃないんですよ(笑)。普通、原作者が行くと「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ。」と迎えられるんですけど、私の場合は「すいません、この椅子もらっていきますね!」と勝手に椅子を借り、監督さんや記録さんがいる後ろに椅子を置いて「来ましたー!」と。そうすると記録さんも「先生また来たのー。」という反応です(笑)。私にはそれがやっぱりすごく嬉しいし、役に立てているな、と思います。
─今後、脚本を手掛けるという予定はありますか。
今すぐにということではないですが、いつかこのスタッフさんと一緒に、原作を提供するだけの形ではなく一緒にやれたらいいね、というお話はしました。
─映像化チームにとって、有川さんのような方とは仕事がしやすいのでしょうね。
(「キャロリング」の)塚本監督もはじめは、原作をどこまでいじって大丈夫なんだろう、と悩んでいたらしいです。でも、読み合わせの時に私が「面白くなるんだったら何をやって頂いても構いません。」と宣言したら、振り切って色々やって下さいました。ただ、勝手にやるというのではなく、例えば、解釈の難しい女の子、レイのテイクを撮ったときには塚本監督が「今のシーン、どうでしょうね?」と聞いてくれて、私は「いいんじゃないでしょうかね」と答えたり、逆に私が「今のレイちゃんどうでしたかね?」と尋ねて、「僕はいいと思いますよ。」と塚本監督が答えたり、そんなやりとりがありましたね。
私は、原作者が映像チームに対してできる一番の仕事は「誰よりもまず私があなたたちの味方だよ。」という想いを示すことだと信じています。人間は信頼されないと力を発揮できないので「一緒にやろうよ、楽しくやろうよ、私が最初のファンだし応援してるよ。」とちゃんと伝える。それでみんなが、“俺たちの先生”とか“世間で何を言われても先生は俺たちの味方だ。”と思ってくれたらいいかな、と考えています。
─ブックショートでは、昔話や民話などをモチーフにした(二次創作した)オリジナル短編小説を公募します。有川さんが小説を執筆する際のモチーフの見つけ方について教えてください。
実は、自分で考えてテーマを決めるということはあまり無いんです。誰かと、何をやろうか、というところから始まったり、出会いもののことも多いですね。自分の脳で何か考えるよりも外に出て色んな人と出会う、話す、触れ合う。その過程の中で何かが降ってきたときに大事なのが“飛び出していける瞬発力”と“掴み取る握力”です。
例えば『空飛ぶ広報室』は「航空自衛隊を舞台に何か書きませんか。体験搭乗をセッティングできます。」とお誘いいただいたから「よっしゃ!」と掴みに行って、一番取材ものの得意な編集者さんと一緒にお話を伺うところから始まりました。自分に何か出会いが降ってきたときに飛び出していけるかどうかがすごく大事だと思っています。
─最後に、小説家を志している方やブックショートに応募しようと思っている方にメッセージを頂戴できますでしょうか。
私が「小説家になりたい。」と言ってきた子供さんにいつも必ず言うことがあります。それは「まず今、自分の身の回りにあるものを大事にして下さい。」ということです。お父さんお母さんにちゃんとおはよう、おやすみの挨拶をして、ご飯を食べるときはいただきます、ごちそうさまを言って、学校では先生の授業をちゃんと聞いて、お友達とも楽しく遊んで・・・そういう普通の生活をまずは大事にしてください、と伝えます。
自分の一番身近にあるものを大事にできない人は、何を書いても誰にも届かない。それは、自分自身の若い頃を振り返ってすごくそう思うんです。小説は自分の頭で考えて書くものだと思っていたけど、そうではありません。自分の生きる姿勢や考え方が必ず滲み出てくるんです。若い頃の私は、小説を書くという夢の為だったら周りのものをおろそかにしていい、と考える傲慢な子供でした。でもそれではどこにも誰にも届かないよ、と思うんですよね。
そのうえで、できることなら物語に奉仕できる人であって欲しいです。自分の書きたいものをキャラクターに押し付けるのではなくて。
私は、物語というのは自分で書いているようでいてそうではないと思っています。感覚としては、どこかに物語がたくさん置いてある空間があって、そこに最初にアクセスできた人が書く権利を得るみたいなものだとイメージしています。だから自分勝手に書けるものではなくて、この物語が楽しく読者に届くために自分はその奉仕者であろう、と思える人の作品を私は読みたいですね。自分自身もそうありたいといつも思っています。
─ありがとうございました。
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
*インタビューリスト*
馳星周さん(2019.1.31)
本谷有希子さん(2018.9.27)
上野歩さん(2018.5.31)
住野よるさん(2018.3.9)
小山田浩子さん(2018.3.2)
磯﨑憲一郎さん(2017.11.15)
藤野可織さん(2017.11.14)
はあちゅうさん(2017.9.22)
鴻上尚史さん(2017.8.31)
古川真人さん(2017.8.23)
小林エリカさん(2017.6.29)
海猫沢めろんさん(2017.6.26)
折原みとさん(2017.4.14)
大前粟生さん(2017.3.25)
川上弘美さん(2017.3.15)
松浦寿輝さん(2017.3.3)
恩田陸さん(2017.2.27)
小川洋子さん(2017.1.21)
犬童一心さん(2016.12.19)
米澤穂信さん(2016.11.28)
芳川泰久さん(2016.11.8)
トンミ・キンヌネンさん(2016.10.21)
綿矢りささん(2016.10.6)
吉田修一さん(2016.9.29)
辻原登さん(2016.9.20)
崔実さん(2016.8.9)
松波太郎さん(2016.8.2)
山田詠美さん(2016.6.21)
中村文則さん(2016.6.14)
鹿島田真希さん(2016.6.7)
木下古栗さん(2016.5.16)
島本理生さん(2016.4.20)
平野啓一郎さん(2016.4.19)
滝口悠生さん(2016.3.18)
西加奈子さん(2016.2.10)
白石一文さん(2016.1.18)
重松清さん(2015.12.28)
青木淳悟さん(2015.12.21)
長嶋有さん(2015.12.4)
星野智幸さん(2015.10.28)
朝井リョウさん(2015.10.26)
堀江敏幸さん(2015.10.7)
穂村弘さん(2015.10.2)
青山七恵さん(2015.9.8)
円城塔さん(2015.9.3)
町田康さん(2015.8.24)
いしいしんじさん(2015.8.5)
三浦しをんさん(2015.8.4)
上田岳弘さん(2015.7.22)
角野栄子さん(2015.7.13)
片岡義男さん(2015.6.29)
辻村深月さん(2015.6.17)
小野正嗣さん(2015.6.8)
前田司郎さん(2015.5.27)
山崎ナオコーラさん(2015.5.18)
奥泉光さん(2015.4.22)
古川日出男さん(2015.4.20)
高橋源一郎さん(2015.4.10)
東直子さん(2015.4.7)
いしわたり淳治さん(2015.3.23)
森見登美彦さん(2015.3.14)
西川美和さん(2015.3.4)
最果タヒさん(2015.2.25)
岸本佐知子さん(2015.2.6)
森博嗣さん(2015.1.24)
柴崎友香さん(2015.1.8)
阿刀田高さん(2014.12.25)
池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
有川浩さん(2014.11.5)
川村元気さん(2014.10.29)
梨木香歩さん(2014.10.23)
吉田篤弘さん(2014.10.1)
冲方丁さん(2014.9.22)
今日マチ子さん(2014.9.7)
中島京子さん(2014.8.26)
湊かなえさん(2014.7.18)