米澤 穂信(よねざわ・ほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2001年、第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を『氷菓』で受賞しデビュー。11年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、14年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。『満願』、15年『王とサーカス』はそれぞれ3つの年間ミステリ・ランキングで1位となり、史上初の2年連続3冠を達成。本書は〈古典部〉シリーズの6作目である。
『いまさら翼といわれても』(KADOKAWA 2016年11月30日)
累計205万部突破の〈古典部〉シリーズ最新作!
誰もが「大人」になるため、挑まなければいけない謎がある――『満願』『王とサーカス』の著者による、不動のベスト青春ミステリ!
神山市が主催する合唱祭の本番前、ソロパートを任されている千反田えるが行方不明になってしまった。
夏休み前のえるの様子、伊原摩耶花と福部里志の調査と証言、課題曲、ある人物がついた嘘――折木奉太郎が導き出し、ひとりで向かったえるの居場所は。そして、彼女の真意とは?(表題作)
時間は進む、わかっているはずなのに。
奉太郎、える、里志、摩耶花――〈古典部〉4人の過去と未来が明らかになる、瑞々しくもビターな全6篇。
─新刊『いまさら翼といわれても』楽しく拝読させていただきました。〈古典部〉シリーズ6作目ということで、今回もさまざまな「日常の謎」が書かれていました。まずは、そうした謎がどんな風に生まれてくるのかお伺いできればと思います。物語が先にあるのでしょうか、謎が先にあるのでしょうか?
「ミステリ」と「物語」、そして「舞台」の三つについて、それぞれに書きたいものがあり、それらがもっとも書かれるべき形で融合するものを作り上げるというのが、自分が小説を書く手順かなと思っています。ただ、私が書いているのはミステリなので、ミステリがなければ始まりません。そういう意味では、ミステリが先であると言えるかもしれません。
─米澤さんの頭のなかには、ミステリのストックがあるのでしょうか?
そういう風にうまくいけばいいんですけど(笑)。だいたいストックはないので、毎回頑張って作り上げることになります。
─たとえば、今回最初に収録されている「箱の中の欠落」のトリックはどのように作り上げたのでしょうか?
「箱の中の欠落」で使ったのは、「ハウダニット」という手法です。ミステリの手法というのは色々あって、犯人が誰かを当てるのが「フーダニット」、どうしてそんなことしたのかという動機を解明するのが「ホワイダニット」。「ハウダニット」は、どのようにしてそれをやったのかを問うものです。『いまさら翼といわれても』はミステリ短編集なので、最初に謎解きの妙味の強い話で幕を開けたいと思っていました。それで、どういうミステリがいいかと検討し、推理可能な形を作りやすい「ハウダニット」でいこうと決めました。
─なるほど。
そうして大枠が決まった後、じゃあそれを古典部という「舞台」でどんな風に生かしていけるだろうか? と考えました。今回は短編集のなかの時間を、古典部の面々が二年生になった四月から夏休みまでのいわゆる一学期にほぼ集約することにしていたので、その時期だと、生徒会選挙なんて面白いかもしれないなと思ったんです。
─米澤さんは、同シリーズについて「彼らが経る時間を描こうとしてきました」とコメントされています。米澤さんの頭のなかでは、古典部の四人の姿や関係性はどこまで見えているのでしょうか。
〈古典部〉シリーズの全体像は、自分の中でおおよそ固まっています。ただ、それを忠実になぞろうとしすぎると、登場人物たちが枠に押し込められてしまう。だから、彼らの思いも大事にして、それ以外のことは駄目だということにはしないようにしています。
─摩耶花は福部里志について、彼が総務委員になってから、“特に手続きとか組織とか、建前の話とかに詳しくなった”と感じる場面がありました。ふくちゃんは時間を経て頼りになる男になりつつあるように感じました。
そうですね。福部里志は、自ら望んで何者でもないことを選んでいった人物です。だけど、「本当にそのままでいいのか?」という疑問を彼自身感じているのでしょう。手続きや調整に長けていくことは、望んでやっていることではないのかもしれない。だけど、福部里志は、そうやって少しずつ何かを学んでいっている。それをこの一文で描けていればと思っています。
─「鏡には映らない」では、折木の中学時代の具体的なエピソードが初めて書かれていました。それによって、折木と摩耶花の関係が変わったように思えました。過去の認識の変化によって、現在が変わるという。
まさにそういう風に書きたいと考えていて。その手順をミステリで仕上げたかった。「鏡には映らない」は、青春時代を舞台とした日常の謎として、良い形で書けたのではないかなと思っています。
─先ほどシリーズの全体像が米澤さんの中で見えているとおっしゃっていましたが、登場人物の中学時代や高校卒業後まで頭の中にあるのでしょうか?
登場人物については、小説を書く前からある程度組み立てていて、書いていく過程でキャラクターがだんだんと彫刻されていきます。そのなかで、現在このような人間であるからには、過去はこういう風であったのだろうし、未来はこうではないだろうかという姿が見えてくる。現在が決まることによって、過去と未来が見えてくるという感じです。
─人生には連続性があるということですね。
ただ、ありとあらゆる面でそうであって欲しいと思っているわけではありません。不思議なことに、たとえば、奇矯な性格、あるいは、悪行の原因が、過去の「ここ」にあったのだと明らかにすることで小説が痩せてしまうこともある。すべてを現在から逆算して、こういう因果によって現在の性格が作られているのだと考えてしまうことは、実は小説にとって良いことではない場合もあるんです。
─「長い休日」での折木のモットーの由来は、明らかな因果を明示したケースですね。あれで読者としての自分と折木の距離感が縮まったような気がしました。
ありがとうございます。ただ、読者を意識したというよりは、私が書いておきたかったという方が近いです。小説を書いている最中には、読者のことはあまり考えないようにしています。それをやってしまうと、小説に、媚びというか、大向こうを狙うところが出てしまう。だから、書いている最中は、自分がこれを書いておきたいと思うものを書くようにしています。
─「連峰は晴れているか」では、折木らしからぬ自発的な行動で周囲を驚かせます。折木にも変化が訪れたのでしょうか?
どちらかというと、折木にはもともとそういう面があって、それを表に出せるようになってきたという方が近いかもしれません。
─本人自身が大人になっていく部分と、もともともっていたものが、周りとの関係が変化することで顕在化するという両パターンがあるということですね。
さて、「わたしたちの伝説の一冊」には、折木の『走れメロス』の読書感想文が収録されていました。それに少し似ているかもしれませんが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えがあれば教えてください。
私がそういうことを自覚的に意識したのは、『雨月物語』を読んだときだったと思います。『雨月物語』の話は、中国古典に題材がとられています。上田秋成がその舞台を日本に変え、物語の味付け変えて書き上げました。『雨月物語』は、言うまでもなく豊かな創作です。これは写したのではなく、受け継いでいるのだと思いました。
すごく大きな話になってしまうんですけど、人一人が一生のうちで経験できたり考えられることなんてちっぽけなものに過ぎません。だから人間は、文字というものを作って、ちっぽけな経験をつなげて、大きな経験になるようにしてきた。それは物語についても同じことです。
─ええ。
ことにミステリというジャンルは、「コードの文学」と言われたりもします。つまり、先行作品のアプローチをさらに研究し、受け継いで、アレンジし、作家性を加えていくものです。そうすることで、一個人ではなかなか到達できない境地のものを連綿と生み出してきた。私は、自分もその連鎖の鎖の一つになれたらと願っていますし、自分の後ろにも鎖が繋がっていってほしい。いつか誰かが大傑作を書く。自分は、そのための輪の一つでありたいし、すべての作品はそうであるべきだと思っています。まあ……その大傑作を書くのが自分自身だったら、これはもう申し分ないですが。
─たとえば、具体的に想定されている先行作品と大きな先行作品群に違いはありますか?
同じだと思います。大きな作品群に影響を受けると言っても、そのなかに具体例が思い浮かばないのであれば、学んだとは言えないでしょう。学ぶというのはそういう曖昧なことではなくて、ある作品をよく読み、その魂がどこにあるのかを考え、それを受け継ぐということです。「こういうジャンルはこういうお約束だよね」という漠然とした理解ではなく、もう少し個別具体例を突き詰めなければいけません。
─そうすると、読書は大切ですね。
ええ。ただ、読書に限らず、それが音楽であっても、文楽であっても、映画であってももちろん構わない。人が創作し物語ってきたことに触れることが大事です。そういうものから自らを切り離して、これは誰の影響も受けていない、自分のオリジナルだ、と主張しても、それは高い高い山の麓で、自分は一人でここまで登ったと叫んでいることに等しいと思います。
─ブックショートにはたくさんの小説家志望の方が応募してくださっていますが、そうした方々にメッセージをいただけますでしょうか。
賞に応募している時点で、つまり、作品を書き上げている段階で、その人はすでに十分なスタートを切っています。おそらく小説を書きたいと願う人のほとんどは、書き出しても、書き終えるところまで至れないでしょう。投稿作を書き上げている段階で、ごくわずかな存在です。最初の一編が書けていれば、80%までは到達していると思います。
─そこからさらに進むためにはどんなことが必要でしょうか?
そこからは、もうジリジリと上げていくしかない。結局、小説に対して忠実になるしかないんです。つまり、小説は、書き始められた時点で、あるべき完成の形をおそらく持っているので、他のことにはあまり目を向けず、それに近づけていく。
─小説のあるべき完成の形。
この小説は、どういう形を求めているのだろうと。ただ、それはなかなか聞こえてこない。そのときに、自分がこれまで見知ってきて、「ああ、この小説は本当に素晴らしい」と感じた経験が、あるべき形を見出す鑿になるんです。もちろん、物語に触れた経験がなくても書き上げることはできる。最初の一作は私もそうだったと思います。ただ、よりあるべき形に近づけていくためには、素晴らしい物語に揺さぶられた経験が必要で、おそらくそれが小説を導いてくれるんだろうと思っています。
─それは、書きながら導かれていくものですか?
書きながらでしょうね。書く前というのは意外と見えないものです。徹頭徹尾ロジカルなものであるべきなのか、それとも、非常にエモーショナルなものであるべきなのか。あるいは、複数視点で書くべきものなのか。最後、オープンエンドっぽく終わるべきものなのか。小説が求める完成形というのは、書き始めた時点で見えてくると思っています。使い古された例えで恐縮ですけど、木を削って仏像を作るのではない、木の中に埋まっている仏像を掘り出すのだ、ということに近いかもしれません。
─なるほど。
小説を書く前って、豊かに想像は働くし、ほうぼうに夢想が飛び散っていきます。でも、100の想像があったとしても、全部をそのまま書いても仕方がない。実際に原稿用紙に残せるのは、おそらく半分、四分の一以下になってきます。そのとき、この小説には何が求められていて、何が求められていないのか、ということを見抜いていかなければならない。つまり、書きたかったことを次々と捨てていかなければいけないんです。その選別が、小説を十全に近づけるための大事なステップなのではないかと思います。
─ありがとうございました。
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