芳川泰久(よしかわ・やすひさ)
1951年生まれ。フランス文学者、文藝評論家。早稲田大学第一文学部教授。 著書に『歓待』、『ボヴァリー夫人』をごく私的に読む』、訳書に 『失われた時を求めて 全一冊』(角田光代共訳)他多数。
『坊っちゃんのそれから』芳川泰久(河出書房新社 2016年10月19日)
大暴れして教師を辞め、東京に帰った坊っちゃん。それから坊っちゃんは街鉄の運転手に、山嵐は幸徳秋水に出会い大逆事件に巻き込まれ…。激動の明治を駆け抜ける話題の続「坊っちゃん」!
─新刊『坊っちゃんのそれから』とても楽しく拝読させていただきました。「漱石三部作」の第一弾ということですが、まずは、今年没後100年、来年生誕150年を迎える漱石を題材に小説を書いたきっかけをお伺いできますでしょうか。
去年の夏、ずっと取り組んできたフランス文学の翻訳が気分的にどうにも進められなくなってしまい、少し休もうと思ったんです。それまで、一年半ほどのあいだに長篇小説を4作翻訳するといった具合に、自分に鞭打つような無理をしていていたので、翻訳はしばしお休み。代わりに、好きな本を読もうと思い、かねてから興味のあった明治時代の歴史ものを読んだのです。そうしたら、その歴史を織り込んだ小説を自分でも書いてみたくなって。
ただ、ずいぶん長い間、小説を書いていなかったので、本格的に取り組む前に、まずは自分を試す必要があった。100枚程度の短い小説のアイデアを思いつき、これを最後まで書き切れたらそのあと本格的に挑戦してみよう、書けなかったらもう小説は一切諦めよう、と賭けでもするように決めました。そして、誰にも見せないつもりで書きはじめたんです。
─それは、漱石は関係ない作品ですか?
ええ、むしろ純文学っぽいかもしれません。以前に書いた『歓待』(水声社 2009年)とも趣は異なり、震災で猫と逃げるという物語でした。その猫が、最後に死んで、その処理の場面を考えていた時に、『吾輩は猫である』のラストを思い起こしたんです。『吾輩は猫である』では、猫は甕に落ちて死んだ。それじゃあ、自分は、どうしようかと。そんな風に考えているうちに、頭の中で『吾輩は猫である』の甕の場面のイメージがどんどん膨らんでいきました。そして、この吾輩の物語が続くとしたらどういう可能性があるだろうか、後の読者の視点から、この続きを書いたら面白いだろうなと思った。そのときはまだ、漱石の没後と生誕という記念の年が二年続くということさえ知りませんでした。
─その題材で、長編に本格的に挑戦しようと。最初に書いたのは、『吾輩は猫である』の続編だったんですね。
ええ、なんとか120枚ほど書き上げ、自分の賭けに勝ちましたから。『吾輩は猫である』の続編というと、奥泉光さんが、実は死ななかった猫が上海で活躍する『「吾輩は猫である」殺人事件』を書いていますけど、ぼくは、死んだ猫の魂に語らせ、自分の過去を振り返るような物語にしようと思ったのです。漱石の猫は、残った酒をたまたま飲んで酔っ払って甕に落ちて死んだことになっています。『吾輩のそれから』では、それが実は、偶然ではなくて、色々な要素が絡んでいたことに猫が気づいていく。ひょっとしたら自分は殺されていたかもしれないと、謎解きのように真相に触れていくお話です。これを書いている時に、ちょうど『坊っちゃん』の最後も、新橋駅で坊っちゃんと山嵐が別れるから、そのあとにつづく“それから”の話ができるなと思ったんです。
─『坊っちゃん』の続編も書けそうだと。
漱石の『坊っちゃん』をよく読んでみると、実は、坊っちゃんは、40日程度しか四国の松山にいません。ぼくは、もっと長いスパンの物語だと思っていたので、そこに気づいた時は衝撃的でした。同時に、新橋駅に着いて以降の時間のほうが長いはずです。二人は“それから”をどんな風に生きていったんだろうという興味がすごく湧いたんです。二人にとって明治の時間はまだたっぷり残っているから、考えてみる価値があるなって。それで、『吾輩のそれから』をいったん最後まで書いたあと、『坊っちゃんのそれから』にすぐ取りかかりました。
─すぐに。
アイデアも“それから”の筋も、発想とほぼ同時に頭の中に出来上がっていたので、気持ちが向かっているうちにと思って、一気に完成させたんです。それから、『吾輩のそれから』の仕上げ作業に戻った。というのも、『坊っちゃんのそれから』は、あらためて「坊っちゃん言葉」にリライトする必要はなかったんですけど、『吾輩のそれから』は、「吾輩言葉」で語らなければいけないなと思っていたので。漱石の作り上げた状態、つまり、もとの文体や語調、漢字等の表記にできるだけ近づけるという作業が残っていたんです。
─「簡単」を「単簡」と書いたりという。
ええ。漱石の「吾輩言葉」をまるで外国語のように学び直しました。手に入る『吾輩は猫である』の朗読CDを繰り返し聞いたり、気になるフレーズや特徴的な単語を五十音順にノートに書き出して小さな辞書を作ったり。それを数ヶ月続けると、自然と漱石的な口調が出てくるようになりました。そこから、手作り辞書と首っ引きで、『吾輩のそれから』を漱石言葉に直すという作業をしたんです。これにはものすごく時間がかかりました。それを始める頃だったか、『坊ちゃんのそれから』の執筆中だったか、今年が漱石没後100年、来年生誕150年という情報をはっきりつかんでいました。そうして2作が完成すると、なんとかこれに間に合わせようと、河出書房にいる知り合いの編集者に連絡したんです。
─出版が決まる前に書き始めていたんですね。
そうです。連絡した時点では、『吾輩のそれから』と『坊っちゃんのそれから』の2作が出来上がっていて、その過程で、さらにもう1作、『先生の夢十夜』というアイデアも浮かびました。それらを合わせて三部作で、というお話をしたら、引き受けてくださったんです。
─そこで、三部作の出版が決まった。
はい。ただ、その後、編集者と話していく中で、「吾輩言葉」を苦心して取り入れた『吾輩のそれから』は、今の読者にとってじつに読みにくいということが分かったんです。考えてみると、どれだけ漱石の文体に似せられるかということは、こちらの達成感の問題であって、読者にとっては大事なことでない。むしろ物語としてすんなり読める方がいいんじゃないか。それで今度は、漱石のテイストを残しながらも、読者が読みやすいような形に書き換え、いまの形に着地させました。
─現代の読者に寄り添う形で。
ええ。それで、出版は完成した順番にということになって、最初に『坊っちゃんのそれから』を出しましょうと。次に、最初に手をつけたけど完成は後になった『吾輩のそれから』を。そして、『吾輩のそれから』の続編にもあたる『先生の夢十夜』は、三番目ということになりました。
─第一弾である『坊っちゃん』の続編は、どんな風に書いていったんでしょうか。
漱石は、自分自身が四国で体験したことをもとに『坊っちゃん』を書いています。だけど、実は、二週間足らずという短い時間で一気呵成に書いたため、時間がいくらか混乱しているんです。たとえば、天ぷら蕎麦を四杯平らげたことや温泉に行った帰りに団子をうまそうに食べると、翌日にはすぐに教室の黒板に書かれて揶揄されてしまう。そんな生徒に対して、坊っちゃんが、日露戦争の報道のように触ふれちらかして、と憤る場面があります。漱石は、日露戦争のあとに、『坊っちゃん』を執筆しているので、その執筆時期の出来事に合致しているものもある。けれど、漱石自身が教師として四国に赴任したのは、日清戦争の後で、そのときの経験をもとに書かれたところもある。両方の時間が小説のなかに混ざっているんです。そこで、漱石が実際に体験した日清戦争の後の時代の方に物語を設定したんです。
─なるほど。
そういうふうに考えていくと、坊っちゃんが松山に赴任していたのは、明治28年頃ということになります。『坊っちゃん』の最後に、坊っちゃんがその後、街鉄の運転手になったと書かれていますが、東京市に市街鉄道の路線が敷かれるのは、明治36年。つまり、そこに約8年間の空白が生じる。
その間、坊っちゃんに何をさせようかと考えたとき、明治の東京を書くためには市内を歩き回る職業がいい、それには不動産会社に就職させて、開発もふくめた営業をやってもらうことにしました(笑)。調べてみると、ちょうどその頃は、安田財閥の不動産部門に東京建物が設立された時期と重なるので、ここだと思って。そんなふうに物語の細部を固めていったわけです。
─物語には、日露戦争、日比谷焼き討ち事件、大逆事件などの史実や、永井荷風、仕立屋銀次、幸徳秋水といった実在の人物たちが登場します。さらに、そこに「作者」のデータを交えた解説が加わることで、激動の明治という時代がよく見えてきました。最初に、翻訳に行き詰まった時、明治時代の歴史ものを読んでいたというお話がありましたが、その影響もあったんでしょうか?
そうですね。明治の歴史ものを読んでいると、自分のなかに薀蓄がたまってきます。これを絶対に物語に生かしたいなと思いました。明治の世の中というのは、俗な言葉で言うと、物語のネタの宝庫なんです。警察の刑事と癒着したスリの横行にしても、そうです。あるいは、当時の成年男子は均してどのくらいの頻度で遊郭に通うものなのか、興味もあって、資料に当たりました。そういう情報というか薀蓄を、物語の流れを邪魔しない程度に織り込みたかった。また、現代の我々は、100年以上も明治時代から遠ざかっていますから、多少はそういう情報も入れていかないと物語として不十分だろうという思いもあって。明治時代についてはかなり調べて、物語にはさみました。
─終盤に書かれている柏田元知事の金時計が盗まれる事件は、かなり重要なモチーフだと感じました。
あれも史実通りです。明治がスリにとって天国のような時代だったことをもっとも象徴する事件が、その柏田元知事の金時計事件なんです。伊藤博文からもらったということも、あったのでしょう。犯罪史の資料などでも、かなり大きく扱われています。ぼくは、『警視庁史』という資料と、事件の判決文を載せている書物を読み比べて、警察への本人の被害届と判決文で、時計がすられた場所が食い違っているのに気づきました。その食い違いを、物語に利用しない手はない。場所が食い違っているのは、何かを隠すためとも考えられなくはない。そこをフィクションに取り込もうと思ったんです。
─また、実在した人気役者の川上音二郎の出馬は、現代のタレント議員のはしりだと思いました(笑)。
ええ、でも選挙に落選しちゃった(笑)。しかも、音二郎が川上座を開いている場所が、社会主義者の片山潜のいたキングスレー館の近所にあった。二人が出会わないと考える方がむつかしい。じゃあ、この二人をどのように出会わせるか。音二郎が選挙に出る時期と、片山潜がキングスレー館で幼稚園をやっていた時期が史実的に重なりますから、その幼稚園に音二郎が選挙運動のために子供を預けることにしたのです。実際にどうだったかは分かりませんが、物語の流れとしては、そういう方向もありうると思ったんです。というのは、片山潜は、一文なしでてアメリカに留学し、苦労していますが、音二郎も、選挙に落ちたあとにボートを漕いでアメリカに行こうとした芝居のような実話が残っていまして、実際にその後、音二郎と妻の貞奴はアメリカに芝居の興行に行って、名声を博しています。そのアメリカという共通要素こそが、物語においては二人をつなぎ合わせる。そこで、選挙のために音二郎が子供を預けると考えれば、二人を会わすことができ、物語のつながりがよくなるかなと。そうやって、歴史的な情報をフィクションに接ぎ木して、それをどう動かすかを考えていきました。
─主役の二人、多田(坊っちゃん)と掘田(山嵐)は、互いに正義感の強い男でありながら、東京でまったく別の道を歩みます。多田は、花駒、清、街鉄といった大切なものを次々と無くしていく男として描かれていました。
多田は、挫折を続ける男です。ぼくは、続編を書くにあたって、漱石が作った「正義感がある一方で無鉄砲」という坊っちゃんのキャラクターを生かさなければいけないと思っていました。それで最初に、坊っちゃんの無鉄砲な行動が、プラスに向かうのか、マイナスの方向に行くのかを考えた。そこで、無鉄砲がプラスの方向に働いて何かに成功したら、物語としては無鉄砲さの意味が半減してしまう(笑)。成功譚になったら、物語がそこで終結してしまいますから。だから、無鉄砲な行動をするたびに失敗する方を、物語的には選びました。
─たしかにそうですね(笑)。
もう一つは、物語の前面には出していないですけど、坊っちゃんが、そして、山嵐もですが、明治時代において敗者の側だったという理由もあります。つまり、江戸っ子の坊っちゃんと会津出身の山嵐は、戊辰戦争で幕府側にいますから、意識しようとしまいと、敗者の系譜に身を置いている。だから、その末裔として、負け組の美学のようなものを背負って生きていく方がふさわしいのではないか。坊っちゃんが赴任した松山の旧松山藩だって、幕府側ですから、負け組ですよ。そこで、職業を変えるたびに坊っちゃんの給料が少しずつ下がっていくのも、徐々に負けて行く感じを出したくてそうしたのです。
─なるほど。さきほどの金時計事件のお話ともつながりますが、もう一人の主人公 山嵐(堀田)は、スリとしての才能を発揮していきます。そして、それを生かし、吉原の遊女を二人も身請けするという男気を見せました。
この物語にスリの題材を組み入れようとしたとき、外側からスリを書いても醍醐味が掬えないような気がしたので、内側から書きたいなと思ったんです。ただ、正義感の強い堀田をスリにするとしたら、相応の大義が必要になる。その大義として、恋愛感情を抜きに、どうしても救い出さなきゃと堀田に思わせる女性を用意しなきゃいけない。そのために、その女性はマドンナと堀田の教え子ですが、親のこしらえた借金を清算するため、大金を用意しなければならない状況を設定しました。当時、女性が短期間で大金をこしらえることができるといえば、遊郭に身を売ることで、ついでに物語も遊郭関連の蘊蓄を披露できる。
─さらに、堀田は社会主義運動にも参加します。
堀田は、女性を救うという大義とともに、スリに身を落とした負い目を、ある種の「公的な正義」で埋めようとします。なにしろ堀田も正義漢ですから。それで、社会主義運動に参加するようにしたのです。スリをやりながら、でも、それを相殺するような形で、自分なりに世のため人のためになるようなことを考えていたという具合に。堀田の出身地である福島は、明治の初期に鉄道ストライキの拠点にもなっていて、史実では、そこに片山潜が遊説に来ているので、二人を会わせた次第です。そうして、堀田はスリの仕事に励めば励むほど、公的な正義にいっそうの過激さを求めるようになり、堀田の興味の対象も片山潜から幸徳秋水に移ってゆくという流れを作ったのです。なにしろ、明治時代を書くとしたら、大逆事件は外せないので、物語の最後はそこに行き着くように考えました。
─堀田の行動が、大きな流れにつながっていくわけですね。
考えてみると、堀田に一番シンパシーを感じているような気がしますね。今回、明治という時代のことを書きたいという気持ちがあった一方で、20世紀の第二次大戦後を生きてきた自分自身の時間がどこかで物語にリンクするようにしたいとも思っていました。ぼくは、1951年生まれだから、団塊の世代の下の方で、大学時代に構内で学生運動に遭遇しました。ぼく自身はノンポリ学生だったけれど、時代の雰囲気として、それでも今の学生とは比べ物にならないくらい、学生運動が提起している問題に関心がありましたし、左翼運動にもある種の共感を抱いていたと思います。もっとも、それが明治の社会主義とどう重なるかわかりませんけど。
─そういう意味で堀田の生きた時代と芳川さんご自身が過ごした時代は地続きだと。
おそらく、重なりうるだろうと。そして、そういう学生運動や学園闘争が終わったあとを考えると、たとえば、村上春樹の『ノルウェイの森』によく描かれているように、急速に学生たちの関心が変わってゆき、運動に励んでいた学生の多くも素早く就職に移行していったことを思いだします。世の中の空気の急激な変化のようなものを感じ、その突然の変わり様に違和感というかやり場のない反発のようなものを覚えました。そうして世の中の関心が、神秘的な方向やオカルト的なものに向かった。社会主義や左翼運動という一つの支えが崩れたとき、代わりに、宗教的なものも含めて超越的なものを理由もなく受け入れる集団的な傾向が出てきたように思うんです。
─スプーン曲げのユリ・ゲラーが話題になったり、五島勉の『ノストラダムスの大予言』が大ヒットしたり。オカルト・ブームが大流行した。
ええ。占いも流行りましたし。ぼくは、そういう時代のなかを生きてきた。『坊っちゃんのそれから』では、大逆事件のあと、社会主義が徹底的に弾圧され、閉塞感が広まりますが、逆にその閉塞感が御船千鶴子の透視といったものを流行らせる。この流れはどうしても物語のなかで書き込んでおきたかった。明治時代にも、社会主義や労働運動が盛り上がって、でも、大逆事件で一気にそうした空気が消失したあとに、世の中が、オカルト的な方向や神秘主義的な方向に振れるという歴史の流れがあったと。その振れ方が、ちょうどぼくたちが生きてきた時代の振れ方と重なるんです。だから、そうした流れを書けば、『坊っちゃんのそれから』が自分たちの世代につながるのでは、と考えたのです。
─なるほど。そして、『坊っちゃん』同様に、『坊っちゃんのそれから』も友情が大きなテーマでした。とくに、取調室の場面が素敵だと思いました。
本家の『坊っちゃん』では、坊っちゃんと山嵐が一回は喧嘩するけど最終的に仲直りし、共通の敵に天誅を加えて一緒に松山を出ます。一種の同志になるわけです。だから、そのあとに続く物語としても、最後には大きな友情で結ばれる必要があるだろうという思いがありました。『坊っちゃんのそれから』でも、いったんは、堀田が多田に裏切られたと感じます。けれども、最後、大逆事件が起こった後の取調室で、堀田はようやく多田の真意を理解する。むしろ自分は捕まることで救われたのだと気づく。そうやって、最終的には気持ちが通じ合うんです。ただ、そのあとにはマドンナという要素が出てきて、多田が自分の気持ちを処理しきれなくなり……(笑)。
─走り出してしまう(笑)。
その場面は、漱石の『それから』を意識しています。『それから』の主人公 代助は、最後に世界が真っ赤に見えてしまう。『漱石のそれから』では、それが揺れる世界になっています。そうすると、そこに至るまでに何度も書いてきた地震の話にもつながってくる。初めから、堀田が故郷を離れるきっかけは、史実とも時期的に合致する磐梯山の噴火という設定にしていましたし。そして、最後に、気象庁の噴火データによると、関東大震災の年だけ浅間山に噴火がなかったという不思議な話につながる。ぼくは、地震の専門家ではないのでその関連については何も言う立場にありませんが、物語としてなら、その事実を物語に取り込み、示すことくらいはできる。ほんとうにぼく自身、関東大震災の年だけ、浅間の噴火の記録がない、ということが不思議で、それを見つけたので、なんとか物語の最後におまけで付けました。
─いろいろなことがつながって物語ができあがったんですね。さて、話題が少し変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。芳川さんの漱石三部作と重なる部分があるのではないかと思っていますが、先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えを教えてください。
後藤明生という作家が、なぜ小説を書くのか? という問いに対して、小説を読んだからだ、という意味の回答をしています。ぼくは、それを読んで深くなるほどなと思いました。読むことは、言葉を吸収することです。だから、自分では完全にオリジナルを書いているつもりの人でも、潜在的にはそれまで読んだ本の言葉の影響を受けている。そういうネットワークから断絶して、自分一人だけで創作するなんてことは実際には不可能だと思っています。仮にあったとしても、ぼくは、そうしてできた作品を信用する気になれないでしょうね。二次創作という言葉だけを見ると、“何かの真似”とか“偽物”といった負の価値がつきやすいかもしれない。けれども、はっきりした対象作品のあるなしに関わらず、創作とは常に、二次創作的な性格を持っているものなのです。だから、それを短編でやろうというブックショートさんの企画は、クリエイションの基本的な作業なのではないかと思います。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
まずはやはり、たくさん本を読んでほしいですね。読むことは、何らかの形で書くことにつながっていますから。もう一つは、前作の『歓待』と今回の作品を書いたときの気持の違いが参考になるかもしれません。今から思うと、『歓待』は、自分も文芸批評をやっていますから、どうしても批評家目線を脱しきれなかった。批評のたがが外れていなくて、批評家であることに縛られていたんです。今回は、そういうしがらみを全て取っ払って書きたいものを自由に書こうとした。そしたら、余計な意識に邪魔されず、創作に没入できたんです。だから、小説を書きたい人や小説家を目指している人は、小説はこうしなきゃいけないとか、物語はこうあらねばならないとか、他人の意見や参考にした本などの教えに縛られすぎない方がいいと思います。小説や物語の書き方は自由なのですから。
─ありがとうございました。
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