小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

 暮らし、仕事、子育て、恋愛、趣味などの文字が並んでいた。試しに仕事をクリックしてみる。
(小鬼に最適なお仕事をご紹介します。温和で少し内向的、IQ(知能指数)163の貴方は、あらゆる技術職、事務職に適性があります)
 IQの数値はよくわからないが、性格はズバリ当たっている。少しではなく激しく内向的なのは、まあ置いておこう。
♪ピコン
 新着メッセージとフレンド申請があります、というガイドアイコンが右上に出た。アイコンをクリックすると、美少女アバターが音声と字幕で話しかけてきた。
「ようこそ、ファントム氏。待ってたよ」
 やけに馴れ馴れしい。
「あの、どちら様でしたっけ」
「石仮面キラーです」
「おお、君か。どうしてわかったの?」
「汎用MSオンラインと同じアカウント名で検索した。アバターで属性もわかる」
 僕のアバターは小鬼が設定されていた。テストで入力した国籍や氏名、年齢がマウスオーバーでバルーン表示される。個人情報が筒抜けだ。ちょっとこわい。
「ところで、このサイトはいつからあるの?」
「半年前」
 思ったより新しかった。
「ここは世界中で利用されてる。プロバイダーとテスト結果から、自動的に言語判定してくれるみたい」
 それで二十億近いアクセスがあったのだ。
「僕はここで仕事を見つけた。だからファントム氏にも勧めたってわけ」
 そうだったのか。感謝。
 いつまでも引きこもりは続けられない。それをわかっていても止められない自分の弱さに苦しみ、半ばあきらめてもいた。石仮面氏も、たぶん同じような境遇にあるのだろう。
「ありがとう」
「いつもゲームでは背中を預けているもの。ほんの御礼さ。僕は引きこもりが十年続いた。言うまでもないけど、抜け出せるなら早い方がいい」
 思わずホロリとしてしまった。
 僕は家族からも半ば見捨てられた存在だ。社会の底辺で息をしてるだけ。そんな僕を気遣ってくれる人がいた。
「ありがとう。本当にうれしい」
「こちらこそ。いつも話し相手になってくれて、ありがとう。じゃ、そろそろ仕事に行くよ。今晩、参戦予定ある?」
「ああ、必ず参戦する」
 僕はしばらくの間じっとしていた。友と呼べる人が出来たことに驚き、戸惑い、喜びを噛みしめながら。

 翌週から、僕は働き始めた。

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