小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

 容姿が大きく変わった小鬼病の人達は、職場で、学校で、窓際に追いやられた。普通の人々曰く、恐い、キモい、近寄りたくない、ということだ。
 残念ながら、その気持ちは僕にもわかる。鏡に映る自分の姿に慣れるまで、僕自身が何週間もかかったほどだから。
 仕事と見た目は関係ないと、小鬼達は抗議した。一方、普通の人達は「これだけ見た目が変われば、別の生き物だ。凶暴性がないと言えるのか」と反論した。
 働く小鬼は、例外なく適性試験が課せられることになった。知能、心理の両テストで社会適合性に問題が無い事を証明すべしという通達が日本政府から出たのだ。ひどい言いがかりだが、小鬼達はこれを呑んだ。下手に逆らえば、他の国々で頻発していた小鬼狩りが日本国内でも起こりかねない。
 そして行われた適性試験で、小鬼は平和的で高い知性を持つという意外な結果が出た。
「テストは先月から始まりました。小鬼の平均知能指数は146だとか」
「それって高いの?」
「とても。旧人類なら千人に一人の数値です」
「へええ・・・」
 ピンと来ない。なんだか嘘みたいな話だ。
「ところで旧人類って言い方はどうなの?」
「今は小鬼が新種で、普通の人間は旧種とか旧人類って言われてますね。少なくともネット上では」
 ちょっと信じられない。後で確かめよう。
「余計なお世話かもしれませんけど、もう少しニュースを見てはいかが? 世界中で小鬼のことを議論していますよ。その様子だと新しい種族が生まれたのも知らない?」
「うん、知らない」
「北緯43度線を境に、北方種と言われる種族が生まれたんです」
 その一つが人(ワー)狼(ウルフ)種。褐色の毛で体表面の80%が覆われ、平均身長は2メートル、体重は200キロを超える。強靭な体躯と運動能力は、旧人類を遥かに超えたレベルにある。
 もう一つは吸血鬼(ヴァンパイア)種。紙のような白皙(はくせき)に金色の瞳。紫外線に弱く、主として夜間に活動する彼らは極めて繊細な五感を持ち、色彩感覚や音感に優れている。
「人狼に吸血鬼ですか」
「外見で決めた名前でしょうね。最近になって妖精(エルフ)と呼ばれる新種族も発見されたとか」
「はあ・・・」
 唖然とさせられた。まさに驚天動地。
「だけど、なぜ急にこんなことが起きたのか、調査は進んでいるの?」
「どの種族も固有の血中ウィルスを持っていることが判明しています。ただし伝染病ではなく、突然変異、もしくは遺伝子活性化という説が有力です」
「活性化?」
「そう。人間は全ゲノムの1.5%しか使っていません。日常生活はそれで足りているんです。残り98.5%は殆ど解析が進んでいません」
「そうなの?」
 全く知らなかった。

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