小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

「エピジェネティクスという言葉はご存知?」
「全然。聞いたことも無い」
「ゲノムの大半は休眠させられています。人間を人間たらしめるのに必要だから眠っているのでしょう。その仕組みをエピジェネティクスと呼びます。もし何かのきっかけで休眠ゲノムが目覚めたらどうなるでしょうね」
「それは・・・もしやそれが?」
 小鬼は人間のゲノムから生まれた、というのか。
「人間の引き起こす環境汚染は数百年で地球を大きく変えました。進化のスピードから見れば一瞬の間です。あまりに急激な環境変化に対応するため、ゲノムがエピジェネティクスの扉を開き、その結果、新人類は生まれたというのが最新の学説です」
「へええ・・・石仮面キラー氏、随分詳しいね」
 僕は内心で舌を巻いていた。まるで、その道の専門家だ。
「WHOは今後数年で新人類の割合が60%を超えると予測しています。もう、この流れは止められないでしょう」
 そんなに多くの人が別の人種になったら世界はどうなるのだろう。
 僕はしばし茫然としていたらしい。画面の文字を見てチャット中だと思い出した。
「ファントム氏、大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。考え事」
「毎晩ゲームをしている僕が言うのも変ですけど、たまには外に出て小鬼のコミュニティに参加してみるのも悪くないと思います」
「それ、なんですか?」
「新しい人種になった人々が日常の問題や悩みを相談できる場所です。サイトもあります」
 他ならぬ石仮面氏の勧めだ。僕は興味をそそられ、集会所の住所とURLを教えてもらった。
 でも、2年以上も自宅から出ていない僕にとって外出はハードルが高い。とりあえずサイト見学にしよう。
 トップページはスペースコロニーを背景に「新人類(ニュータイプ)」という文字が躍っていた。その下に「君は生き延びることが出来るよ」と書かれている。思わず苦笑が漏れた。
 画面中央でアカウントとパスワードを要求している。どうやら会員制らしい。初めての方はこちら、というメニューをクリックするとサイトの主旨に同意するかどうかを訊かれた。
(最初に心理テスト、知能テストの実施に同意いただけた方のみ、次へお進みください。テストの内容は定められた法令「新人類の適性試験方針」に基づいております)
 一時、是非が問われた小鬼用のテストだ。所要時間は1時間。僕は一通りのテストを終えてアカウントを登録した。
(ようこそ、赤い彗星ファントム様。あなたの人種は小鬼と判定されました。1,987,142,502人目のお客様です)
「よく小鬼だとわかったな。いち、じゅう、ひゃく・・・19億アクセス?」
 日本語サイトにしては利用者が多すぎる。
(新規登録の方へ。本サイトでは参加者の善意により、あらゆるサポートが受けられます。基本的にSNSとお考えください。)
 利用者参加型の提供サービスだからマナーに気をつけてね、くらいの意味か。

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