小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

 日本の北端が新人類景気に沸いていた頃、アメリカの政府機関では、旧人類の復権を目指して秘密裏にAI開発が進められていた。
「新人類は駆逐すべきだと?」
「はい。彼らは我々の予想を超えています。コミュニティやネットのセキュリティが固く、NSAも手が出せない。新型の武器開発をしている可能性もあります。これは安全保障上、極めて重大な問題です」
「それでスパイを送りこむのか」
「はい」
 アメリカ政府はスーパーコンピューターで進化を続けるAIとリンクした新人類型アンドロイドを日本の市街地に放ち、諜報活動をさせようとしていたのだ。
 碧眼の白人男性は3Dビジョンの一点を指した。
「日本の北緯43度線。ここは世界中の新人類にとって重要な活動拠点だと思われます」
 旧人類のトップから見て、新人類の台頭は看過できないレベルに達しつつある。自分達を脅かす勢力は、どんな手を使ってでも潰す必要があった。それが同盟国領土内であろうとも、だ。
「敵を知り己を知れば百戦して危うからず、と言ったのは中国の偉人だったな」
「いかにも。至言だと思われます。では大統領、命令書にサインを」
 地球の盟主には、我々アメリカこそがふさわしい。

「ファントム氏、久しぶり」
「どうも。石仮面キラー氏も元気そうでなにより」
「仕事はどう?」
「お陰様で続いてる。そっちも忙しいみたいだね」
「うん。不定休って意外と厳しい。あんまり参戦できない」
 僕は就職してからゲームの時間が減った。在宅の仕事とはいえ、他のスタッフと同じ日中に働く方が何かと都合がいい。それは石仮面氏も同様だった。こうして考えると、数か月前まで毎晩参戦していたのが嘘みたいだ。
「今週末、仕事でそっちへ行くことになった」
「あ、そうなの?」
「うん。もしよかったら会えないかな」
「いいよ。あ、でも・・・」
 まだ僕は外に出ることも、人に会うことも苦手だ。
「そこは世界最大の小鬼街(ゴブリンタウン)もあるよ。多人種の集まる場所ならOK?」
「そうだね。石仮面氏を見習って、少し外へ出ようか」
「じゃ、決まり」
 旧人類の頃は「キモオタ」と蔑まれ、今は小鬼の姿だ。心無い中傷に晒される自分が容易に想像できる。
 でも、たった一人の友達で、恩人の石仮面キラー氏が誘ってくれたのだ。
 何を話そう。
 どんな人だろう。
 ネガティブな妄想を上回る期待と不安で、僕は眠りが浅くなるほどふわふわしていた。

 人口の八割が新人類という大都市の真ん中に、直径一キロを超える全天候型クリアドームが竣工したのは先月末のことだ。中心の広場には小鬼(ゴブリン)、吸血鬼(ヴァンパイア)、人(ワー)狼(ウルフ)、妖精(エルフ)、旧人類の寄り添う銅像が据えられている。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10