小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

「緑、緑・・・」
 あえて顔を知らせず、緑の服を目印にお互いを探そうという石仮面氏の提案に、僕は同意していた。
「あ、緑のジャケット」
 見つけた。渋めのモスグリーンだ。他に緑色の服は見当たらなかった。
「下は・・・スカート・・・女の人?」
髪はアメジストのような紫のショートカットだ。
 僕はおそるおそる近づき、声を掛けた。
「あのう・・・ファントムです。もしもし、石仮面キラーさん?」
 振り向いた女性は髪と同じ紫色の瞳を持っていた。エルフだ。初めて見た。
「何か?」
「あ、ファントムです」
 その時、後ろから嘲りの声が聞こえた。
「ひゃー見ろよ。小鬼がナンパしてるぜ」
「うわ、キモ」
「この女は俺たちが可愛がってやろう。お前は引っ込んでろ」
 若い男性旧人類だった。三人揃ってスキンヘッドに迷彩服を着ている。
 こういう時の対処まで考えていたのに、僕は足が竦んで動けなかった。
「おい、消えろっての。化け物め」
 震えながら、それでも僕は前に出た。
 逃げ出したい。でも、ここで逃げたら一生後悔する。
「ぼ、僕はこの人と待ち合わせを・・・」
 必死に声を振り絞った僕の前に、紫のエルフが割り込んだ。
「お嬢さん、わかってるね。俺たちの方がいいよな」
 男が彼女の腕を引いて歩き出そうとした時、三人の顔色が変わった。僕たちの周囲には数十人の新人類が集まっていたのだ。
 2メートルを超える人狼が三人の行く手に立ちふさがった。
「どけ。お前らに用はない」
 虫でも追うように旧人類の男は手を振ったが、威勢の良い言葉とは裏腹に腰が引けている。
「あなたに、ひとつ伺ってもいいですか?」
 声の主は紫のエルフだった。
「ああん? なんだよ」
 油断なく人狼を見ながら男は言った。
「こちらにいる小鬼の男性を罵倒しましたね。なぜですか?」
「はあ?」
 訝し気にエルフを見て、男はこう言った。
「化け物に化け物って言ったまでよ。お前も同じだろう。その尖った耳はなんだ。ふん、どいつもこいつもムカつくぜ」
 行くぞ、とリーダーの男は顎をしゃくって他の二人を促し、その場からいなくなった。
「ファントム氏」

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