小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

 彼女は有名なアイドルグループのメンバーなのだと妹は教えてくれた。この時点で、既に引退していたのだけれど。
 このところ石仮面氏はちょくちょく家に来る。先週に続いて今日も。これで合計5回目だ。
「また来たよ。ファントム氏に会いたくて」
「あ、それはどうも・・・」
 嬉しいけれど、僕は下を向いた。まだ自分が化け物だという思い込みから抜け出せていない。
 人形のような彼女の横顔を見ているうちに、初めて会った時のことを思い出した。
「クリアドームの中央広場で紫色のエルフと会ったこと、覚えてる?」
「うん」
「あの時、エルフならわかるはずって言ったよね。どういう意味?」
 彼女は少し間をおいて言った。
「新人類には、どの種も固有の能力があるでしょう」
「そうだね」
「エルフは言語を介さずに情報を共有する力がある」
 意味がわからなかった。首を傾げる僕に石仮面氏は続けて言った。
「昔ならテレパシーと言ったのかも」
「テレパシー・・・」
 石仮面氏はそれ以上詳しく語ろうとはしなかったし、僕もあえて聞かなかった。おそらく説明されても理解できないだろう。
「だからね、僕にはファントム氏がいい人だってわかる。あ、誤解しないでね。心の中を覗いたわけじゃないから」
 少し頬を染めた石仮面氏は、そんなことより参戦しようと話題を変えた。
「今日は二人でKD100を目指すよ。達成できるまで帰らないからね。ファントム氏もそのつもりで」
 僕は少し戸惑いながら頷き、汎用MSオンラインを起動した。
「今日は敵同士で参戦しよう。完全変態したエルフの力を見せてあげる」
「え?」
「動体視力は旧人類の3倍。これ種族の秘密だけどね」
 なに? 圧倒的じゃないか。ずるいぞ。
「私には敵が見える。味方も見えるし、他にも何かと見えるんだ」
 コントローラーを手にした石仮面氏は、エメラルドグリーンの瞳を輝かせて僕を見た。
「ふふふ・・・エルフ、行きまーす!」

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