小説

『エピジェネティクス』掛世楽世楽(『変身』)

 テストの結果と適性を見た50もの会社から、「ニュータイプ」経由で採用案内が届いたのだ。その中から在宅でもよいと返事をくれた会社の一つと雇用契約を結び、システム開発のサポートをしている。過分な給与を提示され、総合的なシステムアドバイザー職を任された。ひょっとして管理職相当では?
 ダメ元で引き受けた久しぶりの仕事は、不思議なほどスムースに進んでいる。なんだか急に頭が良くなったと錯覚をしそうなほどだ。
 最初の給料日、僕はそっくり全額を両親の口座へ送金した。とりあえず、今の僕にできる精いっぱいだと思う。
 数日後の深夜、参戦前の禊を済ませて部屋に戻る時、後ろから声をかけられた。
「きんいち?」
 僕は足を止めて、背中を向けたままじっとしていた。
「元気かい? うちの口座に振り込んでくれた、あれは何のお金?」
「就職した。だから生活費を・・・」
「お前、働いてるの?」
「うん」
母親の小さなため息が聞こえた。
「お金は自分のために貯金しておきなさい。たまには一緒にご飯を食べない?」
「うん・・・そのうち」
 僕はそれ以上何も言えず、足早に自分の部屋へ戻った。会話をしたのは、たぶん3年振りだ。つるりと禿げ上がった緑色の頭部を見たはずだが、母親は何も言わなかった。

 小鬼病がアフリカで発生して一年、今やホワイトカラーの重要ポストは小鬼がその多くを占めるほどになっていた。小鬼のいない企業は遠からず衰退するとまで言われている。
 人狼は旧人類5人に相当する体力を武器に、あらゆるスポーツと肉体労働職へ進出している。男子100メートルの世界記録が4秒台に入るのも、時間の問題だろう。
 絵画、音楽などの芸術分野は吸血鬼の独壇場と言って良い。今年のショパンコンクールは一次審査通過者37人中35人を吸血鬼が占めた。旧人類は二次審査で姿を消している。
 数少ない妖精種は、二次元アイドル的とも言われる美しい姿を武器に、世界中の映像コンテンツを席巻していた。妖精の多くはパステルカラーの髪と瞳を持つ女性である。男性には絶大な人気を誇るが、女性旧人類の意見は「非現実的」と「理想的」で二分していた。
 全人口の半数が新人類になりつつある現在、アメリカ大統領が「新人類は人間か?」とツィートしたことが物議を醸した。北アメリカとヨーロッパでは、新人類に職を奪われたと訴える旧人類の白人低所得者層が大規模なデモを続けている。
 そうした背景が、排斥された新人類を差別の少ない国へと向かわせている。
 人種に比較的寛容な日本において、北緯43度線付近が最も差別の少ない地域だという噂が広がり、近隣都市周辺は人種のるつぼと化した。従来の移民と違うのは、貧民が少ない上に人材が豊富なことである。移民の創り上げた街並みは、多様でありながら整然として美しかった。独自の循環インフラを構築し、再生可能エネルギーだけで運営されている。犯罪発生率は旧人類の1%に満たないというデータもあった。最近は未来都市の手本として、世界中から見学に訪れる人が絶えない。

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