父親はパソコンのケースまで外して中を確認してくれていた。
ずっと無言でいた啓太だが、様子から父親が落胆していると見えて思わず言った。
「……ちゃんと見たんだよ。嘘ついてない、僕」
「分かってる、分かっているよ。お前が嘘を付いているなんて思っていないよ」
溜息交じりだったが父親の口調は優しげだ。無断で書斎に入った事を咎められると思っていた啓太には意外に写る。
父親は啓太を椅子に座らせ、正面と向き合って話した。
「そうだな。もう、携帯ぐらい持ってもいい歳だもんな。周りの友達は皆持っているんだろう」
「……いらないよ、僕。携帯は使わない」
啓太が否定したのは携帯欲しさに嘘を吐いていると思われるのが嫌だからだ。頑として唇を噛んでいる表情。見た是非よりも嘘吐き呼ばわりを断固拒否。
その様子の啓太の頭を父親は撫でながら言った。
「使うのが怖いのかい?」
「そういう訳じゃ……今までなくても大丈夫だったし……」
啓太の返事にうんと父親は頷き返す。
「そうだな、無くても大丈夫。持って得する事だってある。でも得するって事は損も受けなくてはな」
「損を受ける?」
「ああ。全てがいい物なんてない。道具は大抵にリスクがついて廻る。お前が見た悪魔は、もしかしたらリスクの象徴かも知れないな。用は使い方次第、自分次第。よくよく理解して使えば、その悪魔にも勝てるかも知れないよ」
全てに合点がいった訳ではない。難しさに理解がいかないのもある。だが心なしか不安だけ消えた啓太は、父親に大きな頷きで返答する。父親もそれに答え返した。
「携帯電話を持ったらちゃんとルールを守って使用する事」
「うん」
「使い過ぎ等もちゃんと自分で管理するんだぞ」
「うん」
「じゃあ、お母さんにも相談しような」
啓太と父親は微笑み合った。
朝日は昇りきる。清々しい日射しが啓太の家を照らしていた。
その白々した空気の中で啓太の家を見守っていた人がいた。
あの宣教師の男だ。
彼はじっと見つめていたが、何かを感じとった様に首を横に振り、そして落胆をした。
――もう勝ち目などない。ここまで蔓延、浸透しては消し去るのは出来ない。
後は我々が生まれ変わるしか手立てはないのか。
どちらにしろ、悪魔の勝利は揺るがないのだ。
宣教師は啓太の家に人知れずに軽く会釈をすると、黄色の眩しい光の方へと向かって歩き出していくのだった。