小説

『再び』川合玉川(『浦島太郎』)

 亀松と思しき影は宮浦のほうに顔を向けようとしているが、首がうまく回らないようだ。だが、亀松の右目の端が宮浦を捉えた。血で顔の左側が塞がった宮浦の顔に、亀松は恐る恐る声をかけた。
「だい……じょうぶ?」
 縛られた上に浜辺で首まで埋められて、大丈夫ってことはないと思うけど。
「左目が塞がっちゃって見えないんだけど。やったの、子安たち?」
「うん……」
「あいつら……。満ち潮のこと考えないで埋めてっただろ。どうすん――つめたっ! 溺れるぞ、これ」
 水位は徐々に上昇し、波は頬や鼻にも飛沫(しぶき)を飛ばした。
「ごめん……。穴掘ったの俺なんだ……。子安たちに脅されて」
「せめてもうちょっと陸側に掘ってくれよ」
「ごめん」
「で、なんで亀松まで埋められてんだよ」
「埋めるのはいくらなんでもまずいと思って『もうおまえらの言うことは聞かねえ!』っつったら……俺まで埋められちゃった」
「はぁ……。さっさと俺を埋めて帰って、後で助けに戻ってくれりゃいいじゃねえか。バカかよ」
 亀松はガックリと俯(うつむ)いた。
「そうだよね。俺、ほんとバカだよね……」
「……ったく、まあいいよ。最後の最後で子安に抵抗したみたいだし。良かったじゃん」
「……早乙女さんがさあ。『友人であることをやめる者は最初から友人ではない。あなたは宮浦君の友人?』って」
「なんだよ、それ。偉そうに」
「ほんと偉そうだよね。はは……。俺、よくわかんない。わかんないけど、早乙女さんが言うとそれが絶対正しいように聞こえるんだよね。不思議だけども。裏切れないなあって」
「じゃあ、穴掘るところから拒否したら良かったのに」
「それはまあ、そうなんだけども……」
「そういえば、下駄箱に入ってた早乙女の手紙もやっぱり偽物?」
「うん……俺が書いた」
「だよなあ。普通はメッセージ飛ばすのに手紙ってなあ」
「いや、そうなの、宮浦ちゃん。そこで気づくと思ったんだ、俺は」
「よくそんなこと言うな――つめたっ! これいよいよやばいぞ」
「ぷはっ!」
 亀松は海水を飲んだようで勢いよく噎せた。
 宮浦は身を捩って穴から抜け出そうとするがまったく動けない。顎で穴を掘ろうにも時間がない。
 亀松は宮浦より海寄りに埋められているので、いよいよまずそうだ。宮浦も何度も海水を飲み、ツンと鼻の奥が痛んだ。
 ザッザッザッと砂を飛ばすような足音がする。こんな時間にランニング? 迷っている暇はない。宮浦は大声で助けを求めた。
「すみませーん。そこの人―!」
 聞こえた様子はない。ありったけの力を振り絞る。
「すみませーん!」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11