小説

『再び』川合玉川(『浦島太郎』)

 宮浦は亀松を助けたが、まだ早乙女から竜宮城でのもてなしは受けていない。玉手箱ももらってない。これが現実に起こるとすればだけど。乙姫のもてなし……。やれやれ。何を期待しているのだろう。



「午後5時に浜の屋で待ってます 早乙女」と書かれたノートの切れ端が宮浦の下駄箱に入っていた。「浜の屋」は海の家の一つだがシーズンオフの今は営業していない。なんの用だろう。ひょっとして告白か。それとも、これが例のおもてなしというやつか。どうも不健全な期待をしそうで、自分を戒める。
 スマホを取り出し「了解」とだけ返信。
 だが、なぜ手紙なのだろう。告白は古風に手紙でというタイプなのかな。変人ぽいけれど、かわいらしいところもあるのだなと思う。



 時期外れの海の家「浜の屋」はまるでお化け屋敷のようだった。表は木製の雨戸で閉ざされていたが勝手口のドアは半開きになっている。
「早乙女――?」
 呼び掛けて暗闇に足を踏み入れた瞬間、後頭部に鈍い痛みが走った。痛っ……。目の端をスコップの影がかすめた。スコップについた土の匂い……その記憶を最後に視界が暗くなる。気を失う前の一瞬、どこか遠くで笑い声のようなものが聞こえた。あの声は子安――?

――冷たいっ、顔に冷たいものが当たる刺激で目が覚める。
 水か。
 どうしてこんなことになったんだっけ……。ひどい頭痛がする。やはり日頃の行いが悪いのかとぼんやり思う。

 宵闇の昏さの中、満月は煌々と光を放っている。冷たい波しぶきが顔を洗い、その冷たさが現実に引き戻す。手足に力を入れるがまったく動かない。両手首に何かが食い込んで、痛みを感じた。結束バンドか何かで両手両足を縛られ、そのまま垂直に浜辺に埋められたようだ。間抜けだ――。
 子安たちの嫌がらせだろう。小人(しょうじん)閑居(かんきょ)して不全(ふぜん)を為(な)す、などと落ち着き払っている場合ではない。
 目の前には海が広がっており、打ち寄せる波が宮浦の顎を洗う。何もこんな水際に埋めなくてもいいじゃないか。
 「おーい、誰かー」と大声をあげるが誰も来る様子はない。宮浦が埋められている浜辺から堤防までは30メートルぐらいだろうか、さらに堤防を乗り越えて県道まで出るのに20メートル。波の音にかき消され、声が届く様子はない。
 んぐ……んぐ……とくぐもった声が聴こえる。泣き声? 宮浦が埋められている場所から2メートルほど左に見覚えのある丸い影が見える。あの影は、亀松。
 一緒に埋められてしまったのか。
「亀松か? オイ」

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