オレは首を横に振る。
「昨日、あたしと別れてから何があったの?って聞いても無駄か……」
階段をのぼる彼女についていく。
「ここ」
彼女の指したドアをおどおどしながらも開けようとするが、開かない。
「鍵がかかっているみたいなんだけど」
「ポケットに入っていない?前の右側」
言われたポケットを探るとなるほど鍵が出てきた。
かちり。
「ここが、オレの部屋?」
特に散らかっているわけでもこだわりあるおしゃれな部屋でもない、平均的男子学生の独り住まい、って感じのつまらない部屋だ。
「思い出した?」
「全然」
彼女の中にもう怒りはないようだ。かわりに出てくる「どうしよう」という灰色の文字。
だいじょうぶかなあ。病院に行った方がいいのかしら?でもその場合何科に行くわけ?脳外科?精神科?
「いや、病院に行ってなんとかなるとは思えないんだけど。だって、こんな病気、あると思う?記憶喪失で他人の気持ちが文字で見えます病」
「いや、だからそれは幻覚じゃ」
「幻覚の方がマシだよ。人が思っていることが全部文字で読めるなんて疲れるし、知りたくないことまで読めちゃうし」
「だったら読まなきゃいいじゃん!」
「でも、目の前に浮かんできたら読んじゃうだろ?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……読まれる方がもっと嫌だよ」
「……だろうね」
でもちょっとかわいそうかも、と浮かんだ文字をもちろんオレは見逃さない。
「お願いがあるんだけど」
何?私にできること?