小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

「ユウヤ、変わったよな」
 もちろん、はるか以外はオレの記憶喪失と心が読める能力のことは知らない。
「まるくなったっつーか」
 頭上に浮かぶ「前は自己チューだったよな」「正直けっこうムカつくやつだと思っていた」の文字に「あーそうですか」としらけた気持ちになる。
「空気が読めるようになった感じ?」
 実際に、心を文字で読んでいますから。 
「おまえ、けっこういいやつだったんだな」
 結局みんな自分の思い通りにしたいだけじゃないかよ!自分が求めている答えを言ってくれたやつが「いいやつ」で「好き」なんだ。
「なんだよ、今頃気付いたのか?」
 笑うオレも、みんなと同じ、心と裏腹な言葉を口に出している。ああ、世の中はこうして回っていくんだな。

 つまらない。

 つくづく嫌になる。もう、文字を読みたくなんかない。人の心なんて知りたくない。悪いものがたまって膿になる。じくじく痛むそいつは次第に膨れてもうすぐ破れて溢れ出そうだ。
「ねえ、ユウヤ。私のこと、どう思っているの?」
 私の心は読めているんでしょう?私、前よりずっとユウヤのことが好きだよ。
「それはオレがきみに合わせているからだ。はるかちゃんが好きなのは心を読んで思い通りのセリフを言って望み通りの行動をしてくれるヒトであって田中裕也じゃないんだ」
「そんなことないよ。ユウヤはユウヤでしょ」
「もう、いいよ。今までつきあってくれてありがとう」
「ユウヤは私のこと、好きじゃなかったの?」
 好きだから、秘密を打ち明けてくれたんじゃないの?頼ってくれたんじゃないの?
「だれでもよかったんだ。あの時、たまたま電話をかけてきたのがはるかだった、それだけのことだ」
 今までいろいろしてあげたのに、ひどい。

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