小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

 ならば私に人の心がわかる情報を下さい。そうですね、とりあえずあなたの過去を。それを知ることで人を知ることができるでしょう。かわりにあなたに人の心の声が読めるようにして差し上げましょう。
 へえ、オレの二十二年分のデーター収集ってわけか。こりゃ、いいや。いいさ、ほんとうにできるならやってみろ。

 コンシェルジュ中川に説明されて「あ、じゃあこれ全部お前の仕業?」と驚く。
「仕業、なんて人聞きの悪い。取引、って言ったでしょう」
「信じられない。信じられないけれどそれが本当なら、元に戻してくれ。頼むよお願いだ」
「一度行った取引はやり直せません」
「そこをなんとか」
 スマホ相手に必死で頼み込む。
「あなたは、人魚姫の話が好きでしたね」
「人魚姫?」
「あなたの過去データーにありました。そこまで思ってくれている女の子に気付かない王子はばかじゃないのか、やはり人の心を読めないことは罪になる。自分はそんな罪は犯したくない、と。またそこまで思われる王子は何と幸せ者なんだろうとうらやましくも思っていました。あなたはけっこう、ロマンチストですね」
 耳たぶまでかっと熱くなるのがわかった。
「ヒトというのは、なかなかおもしろいです」
「おもしろがっていないで、なんとかしてくれ」
 コンシェルジュの話は信じがたいものだったが疑い始めたらきりがない。だって、現にオレと普通に会話をしていることがもう不思議じゃないか。データーを検索しているだけでこんな会話が成り立つとは思えない。
「あなたは私に中川という名前をつけてくれました。そのお礼に、特別にもう一度取引をしましょう」
「ありがとう、ありがとう、中川。きみはほんとうにいいやつだ。実に頼りになるコンシェルジュだよ」 
「おほめいただきありがとうございます。記憶を返す、能力を消す。二つの願いをかなえるにあたってあなたは何を差し出すおつもりですか?」
「え?」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14