小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

 いらいらした声におびえつつ「ちょっと、その、話したいことというか聞きたいことがあるんだけど」と切り出すと「はあ?」と不機嫌マックスな反応が返ってきた。
「ごめん、ごめん、でもさ、あの、困ったことになっちゃって」
「困ったこと?」
 声が少し和らいだ。
「何よ」
「だからそれは、ちょっと……」
「電話じゃだめってこと?」
「そう。電話じゃだめ、え、これ電話なの?」
「え?」
「え?」
「え、じゃないわよ、何なの?」
「だからさ、その、緑町第一公園に来てくれないかな」
「みどりまち?どこなの、そこ」
「どこって、緑町第一公園だよ。待ってるから。とにかく待ってるから。ずーっと待っているから」
 叫んで四角い物体、多分電話、をポケットに押し込む。深呼吸をしてからもう一度取り出すともう画面は暗くなっていた。
「へえ。これ、電話だったんだ」
 指で触れるとたくさんのマークや写真がずらっと画面に並ぶ。見ていると画面が不意に大きくなったり突然意味不明な数字があらわれてそのたびに「うお」と声を発してしまうのが情けない。
「なんかすごそうなもんだな。よくわかんねーけど」
 面倒臭くなって再びポケットにしまい込む。さっきの女の子はここへ来てくれるだろうか。オレのことが分かるだろうか。
 公園の入り口で背伸びをしつつきょろきょろしているオレに「あらまだいるわよ」「いやあね」「はやくどこかへ行ってよ」「いい年して昼間っから公園にいるなんて」「子供に何かあったら」と散々な言葉をぶつけて去っていく女性たちに顔を引きつらせながらもひたすら待つ。電話の声しか知らない、気の強そうな顔も名前も知らない女の子だけが今のオレにとってはたった一つの希望の光だ。

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