小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

「え、別れた、ってことは元カノ?」
 ぎっとオレを睨みつけたあと、泣きそうな顔になる。
「もうほんと、ついていけない」
「ごめん」
「そうやっていつもすぐあやまるけど、全然反省していないでしょ?変わんないでしょ?昨日もこの話、したよね」
「……覚えてない」
「サイッテー」
 全力の憎しみを向けられてひるみそうになるが、ここで負けたら手掛かりゼロになってしまう。
「いやいや、ちがうちがう、そうじゃなくて」
 すがるようにつかんだ腕を全力で振り払われた。
「何が違うのよ」
 もう、いつもそうなんだから!こっちが本気で怒ってもふざけてばかり。
「そうじゃなくて、なにもかも全然、覚えていないんだ。きみが誰で、自分が誰なのか。こんな格好をしているってことは、たぶん、オレ、社会人じゃなくて、学生、なんだよな?」
 オレは白抜き文字でNICE!とプリントされた黒いTシャツと上に羽織ったチェックのシャツ、ベージュのデニムに赤のスニーカーといった自分の服装を見回した。
「……」
 何これ。どういうこと?それともおちょくられてるの?
「いや、おちょくってないって」
 いやーっ。何の冗談なのよ。
「冗談なんかじゃない」
 え?何?何これ。何か変。
「変とか言ってないで助けてくれよ」
「なんで?」
「え?」
「なんで、あたしが思っていることがわかるの?」
「は?」
「あたし、何も言っていないのに」

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