小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

 彼女の発した文字を読みながらオレは「そうだよ、きみにしかできない」と確信を持っていう。
「オレの記憶が戻るまで、一緒にいてくれないか?」
 ええ?
「いや、日常生活が普通に送れるまでだけでいいから」
 そんなことを言われても、困る。でも……仕方ないかな。
「お願い。はるかちゃん。お願いします。この通り」
 オレは両手を合わせて拝み倒す。
「しょうがないなあ。ちょっとの間だけだよ。あたしたち、もう、別れたんだからね」
「はい」
 ほっとして心から言ってしまう。
「ありがとう、はるかちゃん」
 あ。やだ。この笑顔に弱いの。
 そうか、と心の中でにんまりしてしまう。もしかしてこの能力、なかなか便利かも。

なんだかんだ言って結局よりを戻したんじゃないの、友達にそう言われると「ちょっといろいろあって」とわけありげに言ってみせるはるかとオレは多分前よりうまくいっている。だってオレは心が読めるんだもの。彼女の気持ちを読めば怒りを防ぐ予防線も張れるというものだ。機嫌を取って先回り。もちろん「もうっ。また心を読んだね」とむくれることもあるけれど、望み通りの言葉を選び、してほしいと思っていることをしてあげるのだから、おおむね機嫌は悪くない。

 しかし、驚き呆れるよ。人っていうものは口に出す言葉と心がこんなにも違うんだ。
「よーし、みんなで盛り上がろうぜ!」
 かったりーな、さっさと帰りたいぜ。
「いいよ、別に気にしてないから」
 めちゃめちゃ気になる。あやまるぐらいなら最初から言うなっつーの。すごく傷ついたんだからね。ほんっとムカつくわ。
 笑顔と口に出した言葉なんてもう信用できないね。オレは完全に人間不信。信じたらバカを見る。はるかとうまくいっているというのは表面的なものにすぎない。わかりあえるって素晴らしいことのはずなのになんでだろう。オレだけが心を読んで先回りしてうまくいくように仕向けているだけ、ひとりゲームをしているような感じなんだ。

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