折原みと(おりはら・みと)
1985年に少女マンガ家として、’87年に小説家としてデビュー。’91年刊行の小説『時の輝き』が110万部のベストセラーとなる。講談社ホワイトハートの人気シリーズ『アナトゥール星伝』や同コミック版(ポプラ社)、KCデザートコミックス『天使のいる場所~Dr.ぴよこの研修ノート』『永遠の鼓動(おと)』、小説『制服のころ、君に恋した。』『天国の郵便ポスト』(以上、講談社)『乙女の花束』『乙女の初恋』(ポプラ社)といったマンガ、小説の他、エッセイ、絵本、詩集、料理本、CDなどで幅広く活躍。2017年に小説家デビュー30周年を迎えた。
『幸福のパズル』折原みと(講談社 2017年4月18日)
倉沢みちるは葉山で生まれ育った純粋でひたむきな女の子。高3の夏、老舗ホテルの御曹司の蓮見優斗と恋に落ちるが、花火大会の夜、行き違いから悲しい別れを迎える。
5年後、再会した二人は急速に惹かれ合う。好きな人と過ごし、好きな小説を書き、人生で初めて幸せに身を委ねたみちるだったが、それは束の間の“幸福”だった……。
─新刊『幸福のパズル』楽しく拝読させていただきました。キュンキュンする恋愛小説でしたが、この作品はどんなきっかけから生まれたのでしょうか?
最初は、編集者さんから「ストレートな純愛ものを書きませんか?」と声をかけていただいたことがきっかけでした。一人の女性が、タイプの異なる二人の男性から等しく愛されるお話を読みたいなって言われまして。それが四年前のことです。そこからプロットを立て始めて、他の仕事を挟んで、実際に作品を書き始めたのが三年前。苦節三年の作品です!!
─プロットでは、どのあたりまで決めていたのでしょうか?
わりと詳しく最後まで書いていました。今回は、作品のコンセプトを、「ジェットコースタードラマ」にしたいと考えていたので、色々なエピソードや設定を突っ込んで(笑)。ただ、プロット自体は、出来事を箇条書きにしただけのものでしたから、実際にそれらを全部小説のなかで書こうと思ったらすごく時間かかるなって、後から気づきました……。
─物語の舞台となった葉山の海や町の描写がとても美しかったです。葉山という町について、折原先生の印象を教えてください。
葉山が大好きで、この小説も葉山愛に溢れています。いま私が住んでいる逗子からは車で10分ほどなのでしょっちゅう行くんですけど、本当に外国みたいなんです。空気が違う。近所なのに、ものすごく遠いところまで旅行に来たような気持ちになれます。
─『幸福のパズル』の発売記念に書店で配布されるフリーペーパーには、折原先生直筆の登場人物のイラストとともに、葉山の「ロケ地紹介」が掲載されていますね。
森戸海岸や日本で一番眺めのいいデニーズ「森戸デニーズ」、葉山の秘密の社交場「ヒロさんの海小屋」といった私のお気に入りのスポットを紹介しているので、聖地巡礼のように楽しんでいただければと思います。
─『幸福のパズル』は、王道の恋愛小説であると同時に、葉山の町おこし小説とも言えますね。安曇野のりんごも食べたくなりました(笑)。
そこも実際に取材に行きました。安曇野のりんご農園を書きたいなと思ってネットで調べていたら、すごく可愛い奥さんの写真が載っている農園のウェブサイトを見つけたので、連絡してみたんです。そしたら、その可愛い奥さんが、子供の頃から私の本を読んでくださっていたということがわかって。とても仲良くしていただきました。龍一の家族は、その農園のファミリーをそのままモデルにしています。
─では、物語の内容についてもお伺いしたいのですが、主人公のみちるはベストセラー作家です。作品の中に<小説というものは、多かれ少なかれ作者の内面を映す鏡だ>という言葉がありましたが、みちるに折原先生ご自身を投影した部分はありましたか?
みちるだけでなく、どのキャラクターにも自分が少しずつ入っていると思います。みちるの場合は作家という職業なので、彼女が小説を書くときの気持ちや姿勢は、執筆するときの私にそのまま重なります。原稿は手書きというところも一緒です(笑)。
─みちるがベストセラー作家になり大金を得たことで、それまで実直に生きてきた両親は変わってしまいます。お金の怖さを改めて思い知らされました。折原先生ご自身はお金についてどのように捉えていらっしゃいますか?
私もみちると同じで、自分自身はお金のことなんて全然わからないという感じです。食べるに困らないだけあればいいかなって。念のためですが(笑)、みちるの両親がお金でおかしくなってしまうエピソードは、取材して書いたお話で、私自身の親のことではありません。うちの両親は、まったくお金に頓着しない人たちでしたから。
─母はエステ通いにヌード写真集を出版、父は一等地にレストランをオープン……と両親の変化は強烈でした。ここまで変わってしまって、もとの家族関係が修復できるのかなと不安になりました。
そう思いますよね。私も書いている途中で、この家族は元の関係に戻れるのかなって心配になりました。ただ、彼らはやっぱり家族ですから。私は、何があっても、どんなに酷いことをされても、家族は家族だと思っています。このお話は、それが根本的に信じられないと書けない。みちるは、家族の絆を信じてきたから小説を書いてこられた、と言っていますが、私自身も同じ感覚です。子供の頃から自分が家族に愛されてきたという自信があるから、こういうお話が書けるんだと思います。
─みちると妹のはるかの関係も難しいものでした。
姉妹や兄弟って支え合ったり信頼し合う一方で、親からの愛情を取り合って争うという側面もありますよね。多かれ少なかれ、「自分よりお姉ちゃんの方が大事にされている」とか「妹の方が愛されている」とか、お互いそういう感情を持つことはあるでしょう。しかも、みちるとはるかの関係は、そういう部分に加えてさらに、小説家になりたいというはるかの夢をみちるが先に叶えてしまったことでより複雑になってしまったのかもしれません。
─みちるの<好きだから失うのが怖い><求めなければ、失うこともない>という弱さに共感しました。こうした感覚は誰しもが持つと思います。
そこもやはり自分の実感です。大切にしているものほど無くしてしまうことってありませんか? たとえば、100円均一で買ったものだとなかなか壊れないのに、すごく大事にしているものはすぐに壊れてしまうような……。人間関係も同じで、失うことを恐れて人を愛することが怖くなるという気持ちはあるような気がします。
─その弱さを乗り越えていくみちるの姿はとても素敵でした。
みちるは、純朴な子ですけど、小説を書くくらいですから、感受性も豊かだし愛情も持っています。ただ、最初の頃は、臆病でそれを表に出すのが苦手な性格でした。小学生の頃、可愛いお友達と手をつなごうとして拒否されたことがトラウマになって、自分からは手を差し出せなくなっていたんですね。つまり、自尊感情が非常に低かった。だけど、そうやってずっと逃げ続けてきたみちるが、龍一に告白されたのと同時に、別れたはずの優斗が自分を助けてくれたことを知って、自分がこんな風に人から愛されていた存在なんだってようやく自己肯定できたわけです。人から愛されているという自信があると、人間は強くなれるんだと思いました。
─タイトルに「パズル」という言葉が入っていますが、<人生って、まるでジグソーパズルみたいだ。出会う人、出会う出来事、感じる想い。無数の欠片を組み上げて、一生かけて完成させる「人生」という複雑なジグソーパズル。どんな欠片も、かけがえのない必要なもの。たとえそれが、悲しみや苦しみであっても>という文章がとても印象的でした。
そこは、まさにこの作品テーマですね。それまでもぼんやりとそういう風に考えてはいたんですけど、「パズル」という言葉は、この作品を書き始めてから思い浮かびました。みちるや周りの人たちには、すごくいろいろな出来事が起こります。嬉しいこともあれば辛いことも悲しいこともある。それを一つ一つ組み上げていくことが人生なんだなって書きながら実感したんです。
しかも、小説を書くという作業自体もパズルだなと思って。色々なキャラクターがいて様々なエピソードがある。「こういう作品を書きたい」と考えても、それを組み合わせて一つにするのはすごく難しい。本当にパズルのようです。
─愛を貫くという人生についてはどのようにお考えでしょうか?
優斗が何度も、「人は愛や恋だけでは生きていけない」と自分に言い聞かせていますよね。私も本当にそう思うんです。それだけで突っ走ってしまったらおかしいよねって。人生には他にも大事なものがたくさんありますから。だけど、どうしても自分の気持ちが曲げられなかったら、愛を貫くと同時に、仕事や家族といったものもどうにか頑張って両立させるという方法だってあるのかもしれない。そういう人生は茨の道でしょうし、順風満帆にはいかないとは思うんですけど、それでも戦っていく覚悟ができるのであれば、愛を貫いてもいいのではないでしょうか。
─『幸福のパズル』は、メーテルリンクの『青い鳥』が題材になっていますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えがあれば教えてください。
私はわりとそういう書き方が好きで、以前、『人魚姫』を下敷きにした少女小説を書いたこともあります。モチーフとなる先行作品の骨格があって、それを自分がどうアレンジしていくのかを考えるのは楽しいです。現在の社会状況や今でこそのエピソード、キャラクターを入れ込んで料理していくんですよね。『幸福のパズル』では、最初に編集者さんと、『青い鳥』のような「大きな意味での幸せって何なんだろう?」ということを考える物語にしたいねという話になったんだと思います。『青い鳥』は、子供の頃に絵本を読んで以来ずっと好きなお話だったんですけど、今回、絵本の元になった戯曲をしみじみ読み返して、すごく哲学的な話だなと感じました。
─まさに両親は『青い鳥』のぜいたくの国の人のようになってしまいました。
本当の幸福ってやっぱり贅沢ではないですよね。働く喜びであったり、お日様が照ってる幸せだったり、寒い日のストーブの暖かさだったり……そういうことだと思うんです。だから、その対比として、お金でおかしくなった両親を書きました。だけど、そのお父さんやお母さんも最後には幸せってそういうことじゃないと気づく。そんな人生の真理のようなことも書きたかったんです。
─なるほど。さて、少し話題が変わりますが、折原先生はマンガ家としてもご活躍です。漫画を描くときと小説を書くときの違いについて教えてください。
物語のプロットを立てるところまでは同じなんです。そこから先の表現の仕方が違う。小説は、文章だけで感情をどこまで深く掘り下げて書けるかというものですが、マンガの場合だと、セリフもあるけど絵や空間やコマ割で感情を表現できます。もしかしたらマンガは、映画の撮影に近いのかもしれません。一人で脚本を書いて、美術も作って、演出もして、キャストもカメラマンも自分で。
実は私、高校生の頃、映画監督になりたかった時期があったんです。映画業界に入るきっかけを作ろうとエキストラをやっていました。だけど、そこで、助監督さんの苦労を目の当たりにして、私にはちょっと無理かもなって(笑)。そんなことをやっている間に、漫画もずっと好きで書いていたので、結局、漫画家になったんです。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
『幸福のパズル』に出てくる二人の編集者の言葉が参考になるかと思います。たとえば、杉浦は、「文字を書いて話を作るくらい誰にでもできるものと軽く考え(中略)る輩がたまにいるが、(中略)ひとつの作品のとして完結させることがどれ程難しいかは、実際に書いてみなければわからないはずだ」と語っています。つまり、一つの作品を最後まで書き切れる人間は少ない、と。私も、まさにその通りだと思っています。自分の好きな場面やセリフだけを書くのは簡単なんです。だけど、小説を完成させるためには、そのシーンだけでなく、物語の最初から最後まで全部作らなければいけない。それにはすごくエネルギーがいるので、まずは一作、最初から最後までストーリーを完結させてみることが大事だと思います。
─まずは物語を最初から最後まで書いてみる。
そして、物語を完結させることができたうえでの第二段階については、もう一人の編集者である龍一が教えてくれています。文章力や構成力に長けている人はいるかもしれないけれど、どんなに上手くきれいにお話をまとめてもそれだけでは人を感動させることはできない、と。「自分は本当にこれが書きたいんだ」という強い気持ちで魂を込めて書かなければ、読む人を感動させられないと思います。
─ありがとうございました。
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