小説

『ヘルメット・ガール』益子悦子(『鉢かつぎ姫』(河内の国))

美音の制服のポケットで携帯電話が鳴っている。
「もしもし」
低いトーンでくささやくような声。同じクラスの雪人だ。
「大丈夫?」
と聞かれ、美音は思わず「何が?」と言ってしまった。
「聞いたよ、お父さんのこと」
「大丈夫」
「いやいや大丈夫じゃないでしょ」
「ごめん、切るね」
「ちょーっと待った!」
聞けば雪人のお母さんが美音の好物、アップルパイを焼いたという。雪人とは小学校からの同級生。近所に住んでいてこの家の事情もよく知っている。今から持って行くと雪人は電話を切ったが、このヘルメットを一体どう説明したらいいのだろう。

玄関の呼び鈴が鳴った。フードをかぶって美音が引き戸を開けると、制服姿の雪人が香ばしい袋を手に立っていた。すぐに雪人はヘルメットに気がついたようだが無言で袋を差し出した。帰ろうとする雪人を今度は美音が「ちょーっと待った!」と引きとめた。成績がクラス一、いや学年トップの雪人なら、このヘルメットをどうにかしてくれるかもしれない。そう思うが早いか美音は雪人の前でフードを脱いだ。
雪人は小首を傾げヘルメットを見つめると、
「似合ってるよ」
と言った。

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