小説

『羅刹の子宮』柘榴木昴(『羅生門』)

 一度でも死の淵を覗いたことのある人間というものは、妙な落ち着きというか、諦観めいた余裕が現れてくる。余裕は予断をかきけして未来や良心に蓋をする。殺されかけて殺しかけて、殺した者をやはり殺そうとしているこの進行形の死の淵において認識と感覚は分離していた。止めなければという意思は鉛のように冷たく重く働かず、一方自分の両手は機械仕掛けように相手の首に向かっていく。「憑いている」「魔が差した」とはよく言ったもので、正に言葉通り現実味のない、他人事のような瞬間だった。
 真っ赤になっていく母の顔。目が剥かれ血管がこめかみと眉上に浮かび上がる。出せるはずのない叫び声が聞こえた。後ろのテレビから出たものだった。
 我に返り両手を離す。母がむせかえり騒ぎ出す。
「ああー! 人殺しー! 誰かー! 誰か来てー!」
 もちろん誰も来ない。近所の人たちは無関心、という形で協力してくれている。繰り返される毎日を日常というのならこれも日常なのだろう。毎日毎日、母は騒いで失禁し、食べ物を漁って不満を叫ぶ。非日常でも繰り返されれば日常なのだ。だが日常は非日常によって中断されて変化する。その、日常を一転させる非日常を事件というのだろう。日常が望むものではないのなら、変化を起こす事件は希望なのかもしれない。それがたとえ母親の息の根をとめることでも。
 テレビは少年が超能力で人を殺すアニメをやっていた。おまえなんて死んで当然だとキメ台詞を吐いている。なんて悪趣味な、と思う反面、自分の両手を見る。薄いゴム手袋の奥に殺意の神経。近年増加傾向にありこの十年で500件を超える介護殺人が起きている今、アニメの中の殺人より身近なものかもしれない。もちろん私にとってはなおさらだ。殴られ腕を引っかかれながら汚れたおむつと服をバケツに入れて薄暗い部屋を退散する。背中に浴びせられる排泄物のような言葉たち。もう洗濯は明日にしよう。衣類に洗剤と水を入れて漬け置く。
 幸い部屋は汚染されていなかったし、この時間におむつを替えれたのなら朝も大丈夫だろう。いつもよりは安心して眠れる。
 部屋の扉を閉めて耳栓をして布団をかぶる。時間は午前0時。廊下の向こうではでは母が笑いながら寒い寒い、お風呂に入らないといけないわ、と大声をあげている。お風呂は鍵をしてあるので入れない。それに「工事中」の札をかけてあるから30分も吠え続けたら部屋に戻って寝るだろう。その前にきっと冷蔵庫を漁るが今日は何も入っていない。
 日中の預かりデイサービスは本当にありがたいが、昼間に寝かされるので家では夜に起きてしまう。母に薬を使っているが最近効きが悪い。だが睡眠剤はこれ以上もらえず、医者を変えても今は情報が共有化されているらしくほかの医者にかかっているのが割れているため薬はもらえなかった。そもそも医者に連れていくのも骨が折れるのだ。もらった薬だって上手く砕いて味噌汁に混ぜなければ吐き出してしまう。それでもこの五年間、だいぶ生活はマシになってきたと思う。いやそう思いたい。だが。

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