小説

『羅刹の子宮』柘榴木昴(『羅生門』)

「ははは、お母さんか、はははは」
 振り返ると母が立っていた。しまった。南京錠をかけてなかった。
「母の日だと、はははは」
 いつもと変わらない、母のような、母かどうかわからなくなった女性。よく笑い、よく叫び、よく怒る、老婆。私と弟の母親。
 やめろ、と言おうとして声がかすれる。それ以上言わないでくれと。だが、やめてくれようと弱々しく声を漏らしたのは私の記憶の奥底からだった。
「何が母の日だよなあ、アタシはねえ、生活のために自分の母親山に捨ててきたんだよ」
「やめろ!」
 今日、初めて母に向かって言葉を発した。私の中で全身を震わせて怯える悪霊。それは母なのだ。母の母、祖母だった。
 祖母の面影は本当におぼろげにしかなかった。ヨシ坊、と私を呼び、いつも弱々しく怯えていた。離れの部屋から聞こえるやめてくれよう、やめてくれようという声。そしてある日突然消えた祖母。そういえば父親が酒に溺れるようになったのは祖母がいなくなった頃からだった。
「はははは。しょうがないわなあ、そうでもしないと生きてかれんかったでなあ」
「やめろよ」
 ボールペンを置いて立ち上がる。母の真実にむかって立ち上がる。
「頭おかしかったからなあ。あははは」
 祖母も認知症だったのだ。だから殺したのだ。それも捨ててきたという。もう耳をふさぐことはできなかった。聞こえないふりはできなかった。この人は認知症の自分の母親を捨てたのだ。それは時代のせいかもしれない。社会のせいかもしれない。でも。
 ひょっとして、祖母もその母親を捨てたのだろうか。わからない。因業親子の血が流れているんだろうか。羅刹の血が。地獄で悪人を無残に屠る悪鬼の血。
 まるで羅生門だ。生きるために仕方なしと言いながら詐欺の物売り女の屍から髪を抜く老婆。仕方なしを逆手にその老婆を追剥する下人。生きるためと悪意に悪意を充て込めば自尊心は救われる。
 言い訳に聞こえるだろうが、これまで手にかけようと思ったことはなかった。少なくとも母の認知が進んで祖母を山に捨てたという言葉が漏れるようになるまでは。だがその一方で介護殺人を犯す人たちの気持ち痛いほどわかっていた。罪を犯す身内というのは、私からするとむしろ優しい人種だった。ちゃんと殺すのだから。証拠がしっかり残る形で手にかけるのだ。失望した日常に終止符をうつための、署名の代わりにはっきりと犯行を形にするのだ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10