『忘れな草の物語』新生実(『忘れな草の語源にまつわる伝説』)
ツイート ゴボゴボと水の渦巻く音がする。 「タナ、聞こえる。母さんよ……返事をして……お願い……」 ――母さんが僕を呼んでいる―― 「聞こえてるよ、母さん」 「タナ……良かった。良かったわ」 母さんの涙が僕の頬に落 […]
『眠れる森の』望一花(『眠れる森の美女』)
ツイート 「まつりん、判定BもCもあるんだね。くうちゃんもあがってきてるじゃん。なんでなんで?」 私は、今回も判定D,Eのみの模試結果の用紙の上にそっとノートを重ねた。高3夏の統一模試結果後から、受験本番までに力をつける […]
『ピーターパンの夢』松宮ミハル(『ピーターパン』)
ツイート 彼はそわそわと落ち着きなく立っていた。ズボンのポケットに両手を突っ込み、洒落たスーツに身を包んでいる。グレーのジャケットにさりげないチェック柄が入ったそろいのズボン、ネクタイにタイピンがきらりと光る。彼が目線 […]
『猫島』龍淵灯(宮古島『マムヤ伝説』)
ツイート 「僕にはやっぱり、妻と娘を裏切ることはできない」 馴染みのホテルの一室。照明は最低限に絞られて、薄暗い。ベッドに腰掛け、背中を向けたたままで、有村(ありむら)ほのかの上司は呟いた。 ほのかはまだ熱の残る裸体 […]
『宝』月日紡(『桃太郎』)
ツイート 満月が照らす山道の只中。焚き火を囲う数人の男たちが話し合っていた。皆一様にボロ布を纏ったような貧相な装いで、腰には唯一男たちが誇れる打刀が携えられている。 しかしその話し合いは、近くの草木が揺れたことで中断 […]
『走れ!亜利子の運動会』岡田京(『不思議の国のアリス』)
ツイート 学校を休んで一週間が過ぎた。微熱が続き、安静にしているようにお医者さんに言われている。 「つまんない」 亜利子はため息をついた。同じ班の真由美ちゃんが毎日、ノートを届けてくれる。漢字の練習も計算問題ももっと […]
『白雪姫 in バードランド』五十嵐涼(『白雪姫』)
ツイート 私の肌は高原に降り積もる雪よりも白く、その美しい肌で幾人もの男達を魅了してきた。私の肌に一度触れれば男はみな頬を紅潮させながら目を細め、その感触に酔いしれるのだった。 そんな私が今はどうだ。 40を目前にして、 […]
『菊見の頭巾』平井玉(『聞き耳頭巾』)
ツイート 澪は小学校四年生。皆が十歳になるこの学年では、「1/2成人式」なるものが行われる。育ててくれたことへの感謝と将来の展望、的な作文を書かされ、親も参加する発表会で読まされるのだ。 「澪ったら、何も努力しないで一 […]
『蟻と蟻』行李陽(『鶴の恩返し』)
ツイート 「今夜も吹雪いてきそうだ」 真っ黒な雲に覆われた空を見上げて、青年は呟いた。 笠を目深く被り直して、家への帰路を急ぐ。 青年は町へたきぎを売りに行っていた。 青年の両親は早くに他界している。しかし彼は両親 […]
『笠地蔵(?)の恩返しっ!』城山秋月(『笠地蔵』)
ツイート シンシンと静かに雪が降る夜のこと。山の中を流れる川の中で、一つの影が水面を見つめて唸っていた。 四本の手足を持ったその影はパッと見ると人の形をしていたが、小麦色の髪に生えた二つの耳と、ふさふさとした毛並みの […]
『わらしの思い出』岡田千明(『座敷童子』)
ツイート 「わらちゃんは、ずっと僕のお家にすんでいるの?」 「違うわ。先だって移り住んだばかりよ。前のところが居心地悪くなっちゃったの…。」 「前はどこにいたの?」 「ふたつ隣の村の、山口さん家。」 「どうして嫌になった […]
『の、あとで』平井玉(『桃太郎』)
ツイート 猿は今の暮らしにおおむね満足していた。新しい群れの頂点に君臨していた。多くの雌に子供を産ませた。餌が少ない冬には、城へ行けば温かい部屋でもてなされ、食事が提供された。季節がいい時は森にいて、勝手気ままに暮らす […]
『ガラス製品なので大変割れ易くなっております』五十嵐涼(『シンデレラ』)
ツイート ちくしょう、私の足は血まみれだ。 「あのババア、とんだ不良品を掴ませやがって!!」 足元には、血に染まり林檎飴の如く鮮やかな紅色をしたガラスの破片が散らばっていた。 「これは酷い!いくらなんでも酷過ぎる!!こん […]
『サルの夢』山本康仁(『猿蟹合戦』)
ツイート 私はまた、サルの夢を見て目を覚ました。額にはうっすら汗。鼓動が狭いアパートに響いている。この一週間ずっと、その夢ばかりだ。 夢の中で、彼女は笑っている。駆けて、振り返って、手を振っている。「おーい」なのか、 […]
『かっぱちゃん』うざとなおこ(『河童伝説』)
ツイート 夏休みが、スキップしながらやってきた。 シャーシャー、クマゼミたちも、にぎにぎしくさわぎだしていた。 ぼくは、机の上で、たいくつなしゅくだいをゆるゆる、だらだらしながら、いつのまにか、うとうと、うたたねを […]
『お留守番』大場鳩太郎(『オオカミと七匹の子ヤギ』)
ツイート 僕のうちはボシカテイというやつだった。 別に同情はいらない。 お父さんがいないのは僕にとって当たり前のことで、困っていることなんて全くないのだ。 なにより僕は、一人っ子だけれど一人ぼっちではないと思って […]
『オオカミの白い手』こゆうた(『オオカミと七匹の子ヤギ』)
ツイート 覗きの趣味なんてない筈だったのに、気づいたら覗いていたのだった。 夜、コンビニに向かうのに階段を下りて右に曲がる。月極の駐車場を挟んでその隣に古めかしい屋敷があった。 洋館風の建物で、とんがり屋根の上には […]
『カメはウサギを追いかける』橋本成亮(『ウサギとカメ』)
ツイート 走るのは、昔から好きだった。 小学生って、運動神経が良いやつがモテたり人気者だったりするじゃん。それが一番分かりやすく現れるのって、幼いころの俺にとっては走る速さだった。目立つのが好きな俺は速くなりたくて、 […]
『いそうろう』冨田礼子(『一寸法師』)
ツイート まっすぐ宇宙まで見えているんだろうなと思いながらくっきり青い空をみあげていた。ようやく洗濯物をベランダに干し終えて、カーペットに寝転がったところ。のんびりと、いつまででも眺めていたいほど気持ちいいお天気で、洗 […]
『The perfect king』田中りさこ(『裸の王様』)
ツイート ある王国に、ある王様がいた。王様は、鼻筋の通った鼻、りりしい眉、澄んだ目と整った顔立ちをしていた。容姿だけでなく、この王様は非常に優れた人でもあった。 国の業務は滞りなく進み、国も城内もそれは平和で穏や […]
『カウンツ』こがめみく(『番町皿屋敷』)
職場の中古レコード専門店に、レコードを数える店長の霊が出る。大量の在庫が収納された奥の部屋から、夜な夜なレコード番号を唱え続ける男の声が聞こえるのだ。声はいつも同じところで途絶え、一瞬の沈黙の後に慟哭が響く。一枚足りな […]
『子供心』伊藤円(『浦島太郎』)
虫とり網を背中にくくり、頭は似合わぬカンカン帽。藁の間をすり抜ける、日差しは額を汗ばます。ころり、と滴が垂れ落ちて、じゅうう、と地面に穴開ける。陽炎が揺れている。ずっと先に。陽炎が消えていく。踏みつけた足に。ふっ、と過 […]
『檸檬を持って大海原へ』薮竹小径(『檸檬』梶井基次郎)
春の嵐で桜が散り、ゴールデンウィークにあと一週間と迫った日のことだった。久しぶりに雨が降り、空気がジトジトと湿り、髪の毛が重たく感じた。黒板を向いて話す教授の声がかすかに聞こえてくる。マイク使えよ、と誰かが小さくぼやい […]
『文左衛門の告発』伊丹秦ノ助(『文鳥』『吾輩は猫である』 夏目漱石』)
ツイート 今から小生がここに告発いたしますのは、夏目漱石という男の知られざる実態で御座います。え、小生の名前ですか、文左衛門と申します。はい、それじゃ始めさせていただきます。 夏目漱石という男は、表向きは孤高の小説家 […]
『ろうそく心中』木江恭(『赤い蝋燭と人魚』小川未明)
ろうそく屋敷の魚うお吉きちと言えば、この界隈一の商人であり、誰からも慕われる篤志家であった。 それでいて、その氏素性はようと知れぬ。魚吉という名も真であったかどうか。ある人によれば、若い時分にその身一つでこの港町に流 […]
『HANA』結城紫雄(『鼻』 芥川龍之介)
TV画面に「予約曲/歌手名/ブリーフ・アンド・トランクス」と表示されたのを確認して、空のグラスを手に立ち上がる。私はいつも絶妙のタイミングでコーラを飲み干す。まさに職人技。匠のストロー捌き。 「ドリンクバー行ってくるけ […]
『魔法使いのおはなし会』金銀砂子(『シンデレラ』)
ツイート あたたかな光が室内にあふれ、カーテンの隙間からすっかり日暮れた晩秋の街に漏れ出している。秋の夕暮れ時の空気はなんだかグレイッシュだ。落ち葉やたきびのくすんで、すこし湿っぽい温もりがそうさせているのかもしれない […]
『金の斧、銀の斧』壬蒼茫(『金の斧』)
ツイート 男は友人の家で奇妙な話を聞き終えたところだ。 「信じられんな」 「本当さ。ぼくが嘘をついたことがあるかい」 たしかにそうだった。この友人は自分と同じ『きこり仲間』であり、仲間内でも、正直者で通っていたのであ […]
『赤いスカーフの女』清水健斗(『赤ずきん』)
ツイート 夜の街を走る一台の車。ドライブをしている男女。よくある風景だ。 対向車のライトに小橋和也は少し目を細めた。そして、車線変更するため、ウィンカーをならした。カチカチとウィンカー音が車内に響く。あまりの静けさに […]
『桃太郎の真実』広都悠里(『桃太郎』)
夜の海は静かだ。時折響く「ごお」という地響きは船のへりで手足を伸ばしている桃太郎から発せられているものである。 「何も知らんということは幸せだな」 「おいらたちがきびだんご一つで家来になったと本気で信じているとしたら、 […]