小説

『眠れる森の』望一花(『眠れる森の美女』)

「まつりん、判定BもCもあるんだね。くうちゃんもあがってきてるじゃん。なんでなんで?」
私は、今回も判定D,Eのみの模試結果の用紙の上にそっとノートを重ねた。高3夏の統一模試結果後から、受験本番までに力をつけるタイプもいるということだが、部活をやっていたわけでもない私に当てはまるのだろうか? 大体今だに志望校が絞れずに毎回記入する大学や学部が違うっていうのも問題かもしれない。今頃ですが、私が行きたい大学は、入れる大学? 親や友達に自慢できそうな大学? 何それ? 塾に同時に入会した頃は、同じような偏差値だった3人だったのに、私だけおいていかれたようだ。そりゃそうだよね、どうにもこうにも集中できないんだ。カートのことばかり考えているからかな? その当人のカート、こと加藤智也キャプテンはラグビー部を引退してから、すごく勉強しているよね。行きたい大学もずっと変わらない。落ちたら浪人するということも決めている。それにどうやら、他の高校にカノジョがいるらしい。
 森野姫子の名前の下に並ぶ自分で書いた志望校は、大学もばらばら、学科も経済学部、文化構想学部、社会学部、芸術学部、横には、判定DとE。つまり合格確率ゼロに等しいってことだ。
「ヒメちゃん、ミスド行こうよ。今日から100円だよ」
ジャニーズのコンサートに行くのも、渋谷に買い物に行くのも一緒が多いまつりんとくうちゃんが、塾の受付カウンター前で手招きする。「あ、うん」と返事をして、模試結果を学校のカバンに押し込んだ。少し二人が遠くに感じた。

「ヒメは志望校決まったの? 3校まで絞ってないと、怒られるらしいぜ」
進学指導の先生との面談を待つ学校の廊下で、同じクラスの郡司要が、そわそわしながら囁く。
「ぐんちはどうするの? 写真で芸術学部行く?」
ぐんちは私と同じように完全に出遅れている、はずだ。
「それは親に却下された。ちゃんとした大学にしろだって。偏見ひどくね?」
ぐんちは、何度も先生に注意されている長めの髪をかきむしった。私の憧れの君、爽やか系カートと、仲がいいのが不思議だ。変な小説を書いたり、黒猫のモノクロ写真集を作ったり普通じゃない。男臭が少ないのか、話しやすいところは唯一の長所かな。ぐんちだったら夜通し人生語ってみたい。変な気も起こらなそうだし。
相談室のドアが開いて、カートが出てきた。
どくん、心臓が音をたてた。
「次、ヒメだってよ。お前大丈夫か? 表情暗いぞ? 緊張してんのか?」
(今日はカートと、話ができた。久しぶりにヒメって言われた。嬉しすぎる。日記に書かなくちゃ。)
 面談は不毛に終わった。「志望理由がはっきりしない、将来の夢が決まってない、全力を出していない」って、そんなことは本人の私のほうがわかっている。その先を指導してよ。夢がない人の進学の仕方や、全力を出したくなる秘訣とかさ。ないよね。ないんだよね?少しでも期待した私が、バカみたい。
「お疲れ」
私の後に面談を終えたぐんちが、バス停に向かう私に追いついた。
「おっつー」
カートは居なかった。
「ねえ、高校って3年しかないのに受験モードになると、高校生活なんて無いに等しいよね。なんだろ、今を生きてない感じが納得できない。もう受験なんてスキップしちゃいたいな」
私は、ぐんちに愚痴っていた。
「へえ、昨日の夜、今日の面談のためにあれこれ考えている時に俺もおんなじこと考えたよ。でさ」
ぐんちは言葉をいったん切り、私との距離を縮めてきた。
「いろいろネット検索してたらさ。世の中にはおんなじこと思う奴ってたくさんいるってわかったよ。最終的に検索の才能半端ない俺はこんなの見つけちゃった」
ぐんちは、急に声を小さくした。そして、自分のスマホを取り出し、お気に入りに入れてあったらしいサイトの画面を黙って見せてくる。
『人生スキップできます』
スマホの画面に照らされて、青白くなったぐんちが、悪ぶった表情で口角を上げた。
「怪しすぎるよ。ぐんち、気をつけなよ。これ危ないよ」
私も、声を落としていくらか悪人顔で注意した。
「そうだよね。でもスキップできたらいいよな。大学受験のための高校時代とか就職のための大学なら、スキップしたいよな」
と、ぐんち。
「確かにね」
ぐんちのスマホの画面から目を離せないまま、私は答えた。

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