『もうひとつのアリとキリギリス』小倉正司(『アリとキリギリス』)
ツイート とある夏の日の草原での一コマ。 今日は夏の太陽の日差しが強く、草原といってもまるでフライパンの上にいるかのようです。さすがのこの暑さに、牛は木陰に隠れて草をはみ、川にいる魚も水面近くには上がらず、川の底でじ […]
『花簪』神津美加(『瓜子姫と天邪鬼』)
ツイート 天邪鬼は、瓜子が大嫌いだった。 そもそも、瓜から生まれたなんて、怪しさ抜群で人間かどうか分かったもんじゃない。しかし、瓜を拾ったお爺さん、お婆さんは、今まで子供が授からなかった為か、瓜から出てきた赤子を我が […]
『鶴田一家』宮原周平(『鶴の恩返し』)
ツイート 「お父さん、ちょっと相談したい事があって…」そう私の娘と名乗る女から電話があった。 私に娘はいないし、結婚したこともない。両親も他界し、特に趣味もなく、電車が通ればチワワのように小刻みに震える、親の残した小さ […]
『狸寝入りのいばら姫』星見柳太(『眠れる森の美女』)
ツイート お昼前の保健室。授業中のこの時間、校内は静寂に包まれている。本来なら教室で勉学に励む時間に、ある意味日常から隔絶されたこの空間にいるのは、風邪を引いて休んだ日のように、地に足付かない心地がした。ただ、僕の腰が […]
『サルとカニの向日葵』渡辺恭平(『猿蟹合戦』)
ツイート なにか溜め込んでいるな。 ようやく娘の悪態の原因を突き止め、千恵子はため息をついた。いつものことながら、我が娘にはほとほと困らされる。もう小学五年生になるというのに、自分の気持ちをうまく吐露することができな […]
『虫の家』荒井始(『変身』フランツ・カフカ)
ツイート 喉が渇いた。 一日の仕事を終えてくたくたになった俺の頭にあったのはそれだけだった。 喉に張り付いた砂埃が呼吸のたびにきしきしと痛むようだった。 薄汚れた姿に大荷物を背負った男が二人俺の前を歩いている。 […]
『かちかち山のこと』青色夢虫(『かちかち山』)
ツイート 東京勝々(カチカチ)新聞、明治五十年四月一日の記事に、かちかち山のことが載っていた。 偶さか出会った記事であったけれど、その内容はあまりに衝撃的で、私をして震撼せしめるに十分足るものであった。ここにその一部を […]
『耐えろサトル』小野塚一成(『走れメロス』)
ツイート ここは郊外のとある駅。この駅は複数の路線が交わるため、帰宅ラッシュ時には乗り換えの客が多く、やたら混雑している。その混雑した駅構内の通路を一人の男が足早に道を急いでいる。 彼、鈴木悟は今日もそつなく仕事をこなし […]
『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)
ツイート 町はずれに小さなレストランがありました。 小さいながらも、なかなか本格的なフレンチの店で、料理はご主人と一番上の息子が作り、ワイン等の酒類は二番目の息子、デザートは三番目の息子が担当していました。 ところ […]
『きこえる』鈴木まり子(『蛇婿』)
ツイート 時計を見上げたエリは、小さくため息をついた。今日も、終電を逃した。のろのろとした動作で、パソコンの電源を落とし、コートをはおる。 会社を出ると、タクシーをつかまえるために、大通りに向かった。こういう日に限っ […]
『メロスの友』米山晃史(『走れメロス』)
ツイート セリヌンティウスは理解した。城からの使いが深夜の工房を訪れ、メロスが捕えられた事を告げた時に。いつか、やらかすだろうと思っていた。ついにその時が来たのだ、と。 「分かりました。すぐに参ります」 兵士にそう告 […]
『役所のおうさま』原豊子(『裸の王様』)
ツイート 「俺がこうやって来てるんだぞ! なんだその態度は!」 怒号とともにテーブルをたたく破裂音が、区役所のフロアに鳴り響いた。ぱっと集まる視線、真正面に座っている職員の怯えきった顔―……決まった。 「他の職員だった […]
『雪まろげ』貴島智子(雨月物語『菊花の約』)
ツイート いつだったか。銕之丞(てつのじょう)の父上・小野寺采女(うねめ)様が、私と銕之丞の事を雪まろげのようだと笑った事があった。真っ白い小さな芯が転がって、周りの柔らかな雪を次々と纏い、次第に手から余るほど大きな固 […]
『大文字百景』今泉きいろ(『富嶽百景』太宰治)
ツイート 高名な絵描きが筆を執るまでもない。京都五山の一つ、大文字山を、絵に描くのは、誰にだって、容易い。山書いて、その中腹あたりに「大」の字書けば、もう、それは大文字山である。丸書いてちょん、などと始まる絵描き歌があ […]
『観音になったチューすけの話』入江巽(狂言『仏師』)
一、二〇一五年一月十八日(日)、成人の日、午前九時二十分ごろ、京都は三十三間堂で千手観音のひとりが思うていたこと いま、観音です。 千手観音としての使命感あるので、眼をあけることができん。言うても、大阪は心斎橋の三角 […]
『かぐや姫として生きてみる』吉田大介(『竹取物語』)
「そうだ、俺はかぐや姫であった。」 今年四十歳になった和志は、この節目にふと思い出したかの如く、自分が竹取物語でいうかぐや姫のように月の世界から四十年前に地球に派遣され、大和の国は武蔵世田谷、代田の私鉄沿線に住まう中流 […]
『赤いブラジャー』五十嵐涼(『赤い靴』)
お袋が入院中だというのに、この時とばかりに妻と娘はオレを置いて温泉旅行に出掛けてしまった。お袋の目を気にせず羽を伸ばせるからこのタイミングで行ったのだろう。普段多少は気遣って生活しているとは思うので、そこは笑顔で送り出 […]
『そして、笠地蔵』よしづきはじめ(『笠地蔵』)
ツイート むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました。 お婆さんは村きっての知恵者で知られ、お爺さんはそんなお婆さんをこよなく愛しておりました。 「何とかなりましたね、お爺さん」 「そうじゃな、婆さん」 […]
『魔法は使えなくてよかった』白土夏海(『白雪姫』)
運良く物理的に砕かれることなく長生きしては来たけれど、あの王国の事件から精神は粉々に砕かれ、それから残りは破片のような日々を生きてきた。 「綺麗だよ、君が一番綺麗だ」 「ほんと~!すっごくうれしい~!」 すべては僕の […]
『月とかぐや姫』夢野寧子(『竹取物語』)
ツイート 可愛い名前だと褒めれば、「そう? 立派なDQNネームだと思うけど」と目の前の綺麗な顔が歪んだ。三年前の春、わたしとかぐやが出会った日のことである。 かぐやは高校一年と二年の時のクラスメイトで、わたしの親友だ […]
『てぶくろを編んで』とみた志野(『手袋を買いに』新美南吉)
ツイート 「あ、雪・・」 透は「冬物SALE」の札を手に持ったまま空を見上げて呟いた。 布団を抱えて後ろについてきていたやっさんが急に立ち止まった透にぶつかった。 「ちょ、なんだよ」 持っていた羽毛布団につっこんだ頭をあ […]
『雪女』宮本康世(『雪女』)
ツイート コツコツコツと、祖父が叩く槌の音と、氷の削れる小さな音だけが、この森閑とした納屋のなかで響いていた。 僕は祖父の背中とその手つき、そして刻一刻と姿を露わにしていく彼女を交互に見つめていた。時折、かじかむ手を […]
『映る花』九条夏実(『ギリシア神話-ナルキッソス』)
ツイート 怒った瑞希は怖い。いつもより静かになるのが怖い。 大声で叫ばれた方がまし。無言で向けられた背中から立ち上る怒りのオーラに怖気づかない奴がいたら俺は心から尊敬する。 「悪いと思ってるって、本当にごめん」 「何 […]
『枯れ木の花』℃(『花咲かじいさん』)
ツイート 電話してきた声は、受話器の向こうでクスクスクスと笑っていた。 瞬時に、私は確信する。これは、例のイタズラに違いない。十二月に入って、これで四件目だ。 表示されている電話番号は、商店街の公衆電話から。 相 […]
『芋虫から生まれた少女』志田健治(『桃太郎』)
ツイート 寝袋に入ったまま琉音(ルネ)は近づいてきた。満面の笑みで芋虫のように、伸びたり縮んだりする姿がとても滑稽だった。自分の突飛な行動が目の前の大人にどう映っているか、それを想像するだけで流音は楽しいようだった。事 […]
『ガラスの靴を、シンデレラに』山本康仁(『シンデレラ』)
ツイート ばたっと音がして、チカ子は反射的に本を閉じた。読みかけの小説はちょうど、山場に差しかかったところだった。毎日数ページ。時間の許す限り読み進めてきたのだ。しかしそのドアの閉まる音は、どんなに話が途中でも、チカ子 […]
『ふたつの子』卯月まり(『うりこひめとあまのじゃく』)
ツイート 昔々、一粒の玉が天から落ちてきた。 それは淡い乳白色の大層うつくしい玉だった。どうやら玉の内部をたゆたゆと満たす何かが透けて、そんな色に見えているらしい。無垢と安寧が溶け込んだような玉は、太陽の光を浴びて輝 […]
『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)
ツイート いつからかはよく覚えていないけれど、岬に絵を描きにくる女の子がいる。 毎日というわけではなくて、大抵来るのは天気が良くて、暑すぎず寒すぎず気候が良い日だけ。 彼女は真っ白な貝のような肌をしていて、風が吹いた […]
『御心ざしのほどは見ゆべし』安間けい(『竹取物語』)
ツイート 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。 野山にまじりて竹を取りつつ、よろづの事につかひけり。 名をば讃岐の造となむ言ひける。その竹の中に、もとひかるたけなむひとすじありける。あやしがりてよりてみるに、つつのな […]