小説

『もうひとつのアリとキリギリス』小倉正司(『アリとキリギリス』)

 とある夏の日の草原での一コマ。

 今日は夏の太陽の日差しが強く、草原といってもまるでフライパンの上にいるかのようです。さすがのこの暑さに、牛は木陰に隠れて草をはみ、川にいる魚も水面近くには上がらず、川の底でじっとしていまいた。
しかしアリは違います。青々と茂る草のじゅうたんの下で食糧を運んでいました。暑さに耐えながら汗だくになって、自分の重さと同じくらいの食糧をせっせと運びます。運びながら仲間と往き違いますが無駄口なんかたたきません。口を開くのは仲間に食糧のありかを教え合うときくらいです。

 あるアリが一生懸命食糧を巣に運んでいた時のことです。どこからか美しいバイオリンの音色が聞こえてきました。でもアリはそんなことには構わず通りすぎようとしたところ、
「アリさん、アリさん」
 自分を呼びとめる声が聞こえてきました。
 重い食糧を背負って下を向いていたアリは、その頭をあげて声のする方に顔を向けました。すると一匹のキリギリスがバイオリンを片手に、小石の上に座ってこちらを見ています。
「アリさん、アリさん」キリギリスは顔に笑みを浮かべてまた言いました。
「なんですか、キリギリスさん」
「なんですかじゃありませんよアリさん。こんな熱いなか何をせっせと運んでるんですか」
「なにを運んでるかって、食べものに決まってるじゃないですか」
「食べもの?」
 キリギリスは周りを見渡して言いました。
「食べものだったら周りに溢れているじゃないですか。なにも熱い中、汗だくになって運ばなくても、そこで食べればいいじゃないですか」
「いま運んでいる食べものはすぐに食べるんじゃないんです。冬になって周りに食べものがなくなったときのために、巣の中に蓄えているんです」
「冬のためだって!そんな先のことを考えているのかい」
「ええ、そうです。将来のために備えるのは当然のことですよ」
「そうかい、じゃあきみは夏の間運んだ食べものを冬になったらたらふく食べることができるんだ」
「いえいえ、運んだ食べものはまず女王様に食べていただき、その次に女王様が生んだ子供たち、そして女王様の側近の方が食べて、次は・・」
「おいおい、自分で運んだ食べものを自分で食べられないのかい」
「いや順番が来たらちゃんと食べますよ」
「自分で運んだ食べものは自分で食べる権利があるんじゃないの」
「とんでもない。ちゃんと順番が決まっているんです」
 アリは答えました。

 

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