小説

『もうひとつのアリとキリギリス』小倉正司(『アリとキリギリス』)

「なんで女王様やその側近たちは自分で運んだ食べものを食べないで、他のアリが運んだものを食べるんだい」
キリギリスの質問にアリはびっくりして答えました。
「女王様や側近の方たちが食べものを運ぶですって!そんなことするわけないじゃないですか。食べものを運ぶのはわたしたち働きアリだけです」
「きみたちだけ?」
「ええ、でもそれが決まりですから」
 アリは当然だといったように言い返しました。
「そんな決まりを誰が決めたんだい」
「さあ、誰が決めたかなんて知りませんよ。私が生れた時からすでに巣のルールとしてあったんです」
「きみはそれに対して疑問を感じないのかい」
「感じるもなにも、みんな従っていることですから。私ひとりが疑問を感じてもしょうがないことです」
「そうかなー、ぼくがきみの立場だったら疑問に感じちゃうけどなー」
 キリギリスは納得できないようでした。
「上司に言われました。お前たちは働きアリとして生れてきたのだから、食べものを運ぶことが役目なんだと。食べものを運ぶこと以外お前たちには能力がないんだ、だから食べものを運ぶこと以外は考えちゃいけないんだって」
「・・・」
「そして上司は言います、女王様とこの巣に忠誠をつくせと、そうすればぼくたちは幸せになれるって。だからぼくたち働きアリは来る日も来る日も余計なことは考えずに、食べものを運んでいるんです。そうすることがわたしたちの幸せなんです」
「本当にきみはそう思っているのかい。上司のアリからいわれたことを盲目的に従うだけが自分の生きる道なの。自分はこれが好きだ、やってみたいと思うことはないの。きみは見るからに体が丈夫そうだし、意志も強そうだし、働き者だし、その気になればなんだってできるんじゃないのかい」
 アリはそのキリギリスの疑問には答えずに言いました。
「キリギリスさんこそなんですか。働きもしないで日がら一日中バイオリンを弾いて。遊んでないですこしは働いたらどうですか」
 キリギリスは苦笑して言いました。
「きみにはぼくが遊んでいるように見えるのかい。そう見られたからってどうってことないけれど、ぼくは決して遊んでるんじゃないんだ。ぼくはバイオリンの練習をしているんだよ」
「バイオリンの練習?」
「そうバイオリンの練習だよ。ぼくはそんなに誇れることは多くないけれど、このバイオリンを弾くことと高くまでジャンプすることは得意なんだ。特にこのバイオリンを弾くことは大好きなのさ」
「・・・」
「ぼくが奏でるバイオリンの音色はそれはきれいで、蝶々さんやカブトムシくんからはいつも弾いてと頼まれるんだ。あの人間ですら秋の夜長の演奏会では耳をそば立てて聞き入っているほどさ」
 キリギリスはうれしそうに言いました。
 

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