小説

『もうひとつのアリとキリギリス』小倉正司(『アリとキリギリス』)

「出て行ってもらったって、あんな寒い冬にアリさんを追い出したんですか。あんな寒い中追い出されたら、どうやって生きていけるんですか。そんなことをしてあなたがたは良心が痛まないですか。あのアリさんに申し訳ないと思わないんですか」
「申し訳ないと思わないのかって言われても、仕方がないだろう。誰かが犠牲にならなくっちゃ、みんなが冬を越せなくなってしまう」
「でもあなたはあのときアリさんに言いましたよね、巣に貢献してちゃんと働いていれば、巣はアリさんを守ってくれるって。巣はアリさんを身捨てることはないって」
 それを聞いたアリの上司はニヤリと笑って言いました。
「ああ、そう言ったさ。でもあのアリが言っていたことも覚えているだろう、自分は巣に貢献することだけが望みだって・・・。その望みがかなってあいつも本望だっただろうさ」
 そう言うとアリの上司はくるりとキリギリスに背を向けて歩き出しました。
 キリギリスは去っていくそのアリの上司の背を、怒りとも悲しみともつかない表情で見つめたまま無言で立っていました。そんなキリギリスの近くでは、穏やかな日差しの下、また無数の働きアリたちが黙々と食糧を運んでいました。

 

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