小説

『メロスの友』米山晃史(『走れメロス』)

ツギクルバナー

 セリヌンティウスは理解した。城からの使いが深夜の工房を訪れ、メロスが捕えられた事を告げた時に。いつか、やらかすだろうと思っていた。ついにその時が来たのだ、と。
「分かりました。すぐに参ります」
 兵士にそう告げると、セリヌンティウスは身支度を始めた。だが、そんな彼を止めたのは、弟子のフィロストラトスだった。
「お待ちください、セリヌンティウス様。どうか城に行くのはおやめください」
「大事な友が呼んでいるのだ。どうか止めないでくれ」
「いいえ、行かせる訳にはまいりません!おかしいではないですか、いくら親友とはいえ、なぜセリヌンティウス様がそのような男の身代わりにならなければならぬのですか?」
「そのような男とはなんだ」
「私めに言わせていただければ、妹の結婚式を間近に控えているというのに王を暗殺しようと城に乗り込むなど……正気の沙汰とは思えません。偉大な石工であるあなた様が、そのような男のために命を落とすなど、あってはならない事です」
 セリヌンティウスは何も言い返すことができず、ただ困ったような笑顔で弟子の顔を見た。そう、メロスはどこまでも愚直な男である。竹馬の友であるセリヌンティウスは、それを誰よりも知っていた。だからこそ行かねばならない。そんなメロスを救う事が出来るのは、自分しかいないのだから、と。
 師の固い決意を見たフィロストラトスは、止めるのを諦めた。そんな弟子を優しく抱きしめると、セリヌンティウスは工房を出て城へと向かう。
 夜も更けたシラクサの街は、とても静かだった。一人歩きながら、セリヌンティウスは周囲の家々を見渡す。王がおかしくなってしまったのはいつからだったか。臣下を、民を疑い、殺すようになった。やがてシラクサは活気を失い、静寂と恐怖が街を覆うようになった。この街に住むセリヌンティウスは、ただ黙ってそれを受け入れていた。下手な事を言えば自らも殺されてしまうかもしれない。だから、ただ黙っている事しかできなかった。
 

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