小説

『メロスの友』米山晃史(『走れメロス』)

 セリヌンティウスは、何とも言えない気持ちになった。ただただ、涙が溢れてくるのをそのままに、メロスを見る。縄はほどかれ、群集の求めによりセリヌンティウスは死を免れた。
「セリヌンティウス、私を殴れ。私は途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえないのだ。殴れ」
 言われるがまま、セリヌンティウスはメロスを殴る。そして、メロスの言葉に、ようやく自分がメロスの事を心から信じていなかった事に気づかされた。メロスは戻ってくると言った。それなのに彼の代わりに死のうなど、なんと愚かな事か。これでは人を信じようとしなかった王と同じではないか。
「メロス、私を殴れ。私は生まれてはじめて、君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
 だから、セリヌンティウスもまた、メロスに自分を殴らせた。
「ありがとう、友よ」
 二人はひしと抱き合い、それから嬉し泣きに声を放って泣いた。群集の間からも歓声が上がり、王もまた真の友情の素晴らしさに感銘を受け、二人を許す事を宣言した。
 一人の少女が群集の中から進み出ると、緋色のマントをメロスに差し出す。まごつく彼に、セリヌンティウスは気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は真っ裸じゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、君の裸体を皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
 それを聞いて、勇者はひどく赤面した。慌ててマントを羽織ると、少女に礼を言う。
「ありがとう。だが、私にはすでに心に決めた人がいるんだ」
 そう伝えると、メロスはセリヌンティウスに向き直り、言った。
「セリヌンティウス……君を愛している」
 

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