小説

『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)

ツギクルバナー

 町はずれに小さなレストランがありました。
 小さいながらも、なかなか本格的なフレンチの店で、料理はご主人と一番上の息子が作り、ワイン等の酒類は二番目の息子、デザートは三番目の息子が担当していました。
 ところがある日、ご主人が病気で入院し、店は休業。息子たちは交代で父親の看病をしていましたが、とうとう医者から、余命幾日もないことを宣告されてしまいました。
「かわいい息子たち」
 苦しい息の下から、ご主人は枕元に集まった三人の息子に言いました。
「こんなことになってすまない。お前たちに残してやれる物は、あのちっぽけなレストランだけだ。でも、どうか、三人で仲良くやってほし・・」
 これがご主人の最期の言葉となりました。
 とはいえ、世の中は不況で、レストラン経営もなかなか大変だったのです。亡くなったご主人の味をなつかしむ馴染みの客の足は遠のき、長男の中途半端な奇をてらった料理は、評判を落とす一方でした。
「このままじゃ無理だね」
 次男は言いました。
「ここを売って、バーをやらないか? 駅ビルの地下に空き店舗があるんだ。せまいスペースだけど、バーなら問題ないよ。兄さんは、簡単なつまみを作って、後は会計をやってくれればいい」
 長男はため息をつきながらも、それでいいと承諾しました。
「それじゃ、ぼくは?」
 三男が聞くと、次男はこう言いました。
「悪いけど、スイーツはバーに必要ない。どこかよそで、仕事を見つけてくれないか。お前は、ちゃんと製菓学校で勉強してきたし、作るお菓子の評判も良かったんだから、どこかの店できっと雇ってくれるさ」
 しかたがありません。三男はネットやハローワークで、就職先を探し始めました。でも、それほど有名でない小さなレストランのパティシエというだけでは、なかなか納得のいく仕事を見つけることはできませんでした。
「どうしたもんかなあ、トラ」
 三男は、飼い猫のトラに話しかけます。
「パン屋やお菓子屋の工場の職人とか、下働きの仕事ならあるんだけど・・」
「でも、あなたは好きなお菓子を好きなように作りたいのでしょう?」
 突然、トラが口をきいたので、三男はびっくりしました。
「トラ、お前、しゃべれるの?」
「ええ、もちろんです。私の遠いご先祖様は、あの有名な『長靴をはいた猫』なのですから」
「へえー、知らなかった・・」
「で、ご主人様。私はご先祖様にならって、ご主人様のために旅に出たいと思います」
「ご主人様ってぼくのこと?」
 

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